| Portugal  国連 1989 発行 | 大航海物語 | 切手で綴る 大航海時代 (Great Voyage Era) ポルトガル VS スペイン トルデシリャス条約 Treaty of Tordesillas, 1494 ポルトガルとスペインが締結 | 参考資料 | Spain  国連 1988 発行 | 
| ローマ法王が境界を示す | ||
| スペイン領 |  南米のタテ線に注意! | ポルトガル領 | 
| スペイン 2001 発行 | 
| CABO VERDE | Brasil 南アメリカ大陸を走るトルデシリャス条約線 条約線↓ . 
 ブラジル 1994/6/7 発行 | |||
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| 西(左)スペイン領 : 東(右)ポルトガル領  左:スペインのフェルナンド王・イザベラ女王 アレクサンデル6世教皇 ”プラ(教書)” ユリウス2世教皇 ポルトガルのジョアン2世国王:右 1494 トルデシリャス条約 500年 記念 1994 カーボヴェルデ 1993/8/1 発行 | 
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| ASCENSION ISLAND | ||||||||||
| CABO VERDE 
 | 1502年製作カンティーノの古地図  トルデシリャス条約の地図 アセンション島発見 500年 記念 アセンション 2001/3/25 発行 (200%) | |||||||||
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| ・トルデシーリャス条約 Treaty of Tordesillas 1494/6/7にスペインのカスティーリャ・イ・レオン州バリャドリッド県トルデシリャス(Tordesillas, Valladolid Province, Castile & Leon Region, Spain)で調印された、ヨーロッパから「インドへ向かう海洋」をポルトガルとスペインとの2国間で分割した条約。15世紀を通じてポルトガルはアフリカ西海岸を南下する航海事業を推し進めて、その十字軍的側面を後援するローマ教皇庁から種々の特権を得ていました。 その後、ポルトガルは、アフリカ西海岸ギニア海域への進出を図ったスペインと1479年にアルカンバス条約(Treaty of Alcacovas)を結び、カナリア諸島とその周辺海域をスペインに帰属させる替りにカナリア諸島以南への通航をスペインに断念させ、インドへの航海権を占有しました。このような状況下でコロンブスがスペインの援助を得て大西洋西回り航路によるインドへの到達を企て(1492〜93)、その「発見」した島々をスペイン王の名で領有したため、ポルトガルはスペインに抗議しました。 スペインは自国の利益を確保するため時の教皇アレクサンデル(アレクサンダー)6世に働きかけた結果、教皇は1493/5/4付け”プラ”(教書)「インテル・カエテラ」でアゾレス諸島とベルデ岬諸島の西100レグア(1レグアは5.552m、但し当時は5,910m)の海上を通過する子午線を分界線(教皇子午線)として、その東をポルトガル、その西をスペインの航海権益海域としました。 この分界線を、1494年に両国間の交渉により、さらに西へ270レグア移動させた(西経46度30分より東をポルトガルの勢力範囲、西をスペインの勢力範囲と定めた)のがトルデシリャス条約です。1506年には教皇ユリウス(ジュリアス)2世の確認を受けました。 ・参考HP〜 ・トルデシリャス条約の地図 ・トルデシリャス条約の地図、(カンティーノ古地図) ・トルデシリャス条約の地図(南米大陸付近の境界線) ・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。09/12/12追記、12/6/29、13/7/7、2017/2/27 |