大航海物語
参考資料
★オランダ
 イギリス
ノースファランド沖の海戦
1666/6/11〜14、 「四日海戦」
英艦隊勝利するも蘭艦隊は輸送船団の護衛に成功
海戦物語★



オランダ Netherland

国連 1989 発行
切手で綴る 蘭英戦争(Naval Battle Voyages)No.1-5
ノースファランド沖の海戦
「四日海戦」
1666/6/11〜14
英艦隊勝利するも蘭艦隊は輸送船団の護衛に成功
United Kingdom

国連 1983 発行
大航海物語

NEDERLAND 海戦の図

デ・ロイテル

トロンプ(息子)

エバツエン(兄)

パナマ 発行


・当時の軍艦:〜:16世紀の中頃、ヨーロッパの軍艦はほとんどがガレオン船になりました。この完成度の高い帆船軍艦は、300年間にわたってその基本構造を変えることはほとんどありませんでした。武器である大砲は両舷に並べられていたので、戦闘は1列縦隊に並んだ艦隊同士がすれちがったり、平行に並んだ時に行われました。砲撃で敵艦に損害を与えてから近づいて接舷し、斬り込み隊を送り込んで敵艦上で血みどろの白兵戦を展開しました。

ノースファランド沖の海戦、1666年6月11日〜14日、〜 第2次 蘭 英 戦 争 〜
・「4日海戦」

は、1652/7/10にイギリスによって宣言された第二次蘭英戦争中に発生し、
1666年6月、デ・ロイテル提督率いるオランダ艦隊がイングランドの海岸に迫り、これを迎え撃つイングランド艦隊との間で極めて激しい戦闘が展開されました。この海戦は4日間にわたって激戦が続いたので「4日海戦」として有名になりました。

・両軍の兵力:〜:デ・ロイテル提督が率いるオランダ艦隊(80隻)
モンク提督が率いるイギリス艦隊(60隻と援護の艦隊23隻の計83隻)

1666年6月11日、デ・ロイテル提督率いるオランダ艦隊80隻とモンク提督率いるイギリス艦隊60隻が激突。オランダ艦隊前衛を率いるトロンプ提督はその名が示す通り第一次の英蘭戦争で活躍・戦死したトロンプ提督の息子でした。オランダ艦隊本隊のデ・ロイテル隊、後衛のエベルトセン隊。夕方にはイギリス側に増援のルパート艦隊23隻が到着しました。

4日目の6月14日の戦闘では、両艦隊が縦陣を布いて平行しつつ砲撃戦を展開。相手に風上をとられたイギリス艦隊に焦りが生じ、前衛のルパート隊が速度を上げてオランダ艦隊の風上にまわり込もうとしました。そこで生じた本隊との隙間で、イングランド艦隊の中央にあったモンク隊めがけて、デ・ロイテル指揮のオランダ艦隊が突進して、イングランド艦20隻を撃沈、6隻を捕獲しました。オランダ艦隊の損害は4隻が沈没しただけで、オランダ側の大勝利となり、英仏海峡の制海権はオランダが掌握しました。

このように戦闘はオランダ艦隊の大勝利ですが、敗北したイングランド艦隊はモンク提督の優秀な指揮のもと、混乱することもなく艦隊の規律を維持し続け、残存艦隊は霧に紛れて退却しました。

・参考:〜:航海条令、1651年(Navigation Acts)、イギリスで、オランダの仲介貿易圧迫と自国海運の保護および貿易の伸長のために制定した法律。輸入する商品はイギリスまたは産出国の船舶のみに積載すべきことを定めた。1849年、廃止。航海法

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。      

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