大航海物語
キャベツ
Cabbage


参考資料

キャベツ

ボブタツワナ 1988 発行


キャベツ〜古代イベリア半島原産
  Cabbage

   和名:甘藍、玉菜
   英名:Cabbage
   学名:Brassica oleracea L. var. capitata
   分類:植物界被子植物門双子葉植物綱フウチョウソウ目
        アブラナ科アブラナ属ヤセイカンラン種キャベツ変種
       Plantae Magnoliophyta Magnoliopsida Brassicales
        Brassicaceae Brassica B. oleracea : var. capitata
キャベツはアブラナ科アブラナ属の多年草。野菜として広く利用され、栽培上は一年生植物として扱われる。名前は英語に由来するが、さらにその語源はフランス語の”caboche”(頭)から。 別名の甘藍(かんらん)は中国語の”ganlan”に、玉菜(たまな)は結球する性質に由来。

キャベツは結球(丸く玉になる性質)のイメージが強いが、品種によって結球するものとしないものがある。また、同じ原種に由来するケール、カリフラワー、カイラン、メキャベツ、コールラビ、ブロッコリーなどと同様に長い品種改良の過程を経ているため、多くの品種がある。栄養価が高く、ビタミンC、ビタミンUを豊富に含む。

起源は古代よりイベリア人が利用していた原種がケルト人に伝わり、ヨーロッパ中に広まったとされるが、当時は野菜より薬草として用いられ、古代ギリシャ・古代ローマでは胃腸の調子を整える健康食として食されていた。その後、9世紀頃に野菜としての栽培が広まった。現在日本で普及しているものは、12〜13世紀のイタリアで品種改良されたものが起源とみられる。18世紀にアメリカへ渡ると、より肉厚で柔らかく改良が進んだ。

キャプテン・クック(1728〜1779)の南太平洋探検の第一回航海(1768-1771)で、ザワークラウト(sauerkraut キャベツの漬物)や果物の摂取に努めたことにより、史上初めて壊血病による死者を出さずに世界周航が成し遂げられたと伝えられている。

日本での普及は、幕末の1850年代に伝わり、明治にかけて外国人居留地用として栽培されたが、一般の日本人が口にすることはなかった。1874年、内務省勧業寮がのちの三田育種場で欧米から取り寄せた種子で栽培試験を行ったのが、本格的な生産の始まりとされる。試験地は北海道に移され、北海道開拓使が発行した「西洋蔬菜栽培法」に、キャベイジの名で記載された。大正時代に品種改良が進められ、寒冷地に適することから、栽培は北海道のほか、東北地方や長野で拡大したが、洋食需要が限られた戦前にはそれほど普及しなかった。戦後、食糧増産と食の洋風化とが相まって生産量は急激に増加し、1980年代にはダイコンと並ぶ生産量となった。

江戸期の渡来は、江戸前期にオランダから持ち込まれ、一部で栽培されていたとみられる。貝原益軒が1709年に出版した「大和本草」にはオランダナ(紅夷菘)として「葉は大きくて艶がなく白っぽい。花はダイコンに似る。おいしい。3年で花が咲き、カブの仲間である」と紹介されている。 しかし食用として広まることはなく、むしろ観賞用としてハボタンを生むこととなった。また、ハボタンがケール(Kale:アブラナ科の野菜)の品種であることから、渡来したのはキャベツではなくケールだったと考えられる。

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。      2010/3/15

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