世界遺産(タンザニア)
キリマンジャロ山
  Mount Kilimanjaro

キリマンジャロ国立公園
CANADA
アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ山、5,895m


カナダ 2002/10/1 発行

KENYA UGANDA TANGANYIKA
キリマンジャロ山



|ジ
5
1935/5/1



|ジ
6
1938-54
エリザベス女王
1954/4/28
ケニア・ウガンダ・タンガニ-カ 発行

キリマンジャロ山
  Mount Kilimanjaro

 世界遺産:ユネスコの自然遺産(1987)
        UNESCO World Heritage Site, Type:Natural
 正式名称:日:キリマンジャロ国立公園
        英:Kilimanjaro National Park
        仏:Parc national du Kilimandjaro
キリマンジャロ(スワヒリ語:Kilimanjaro)はタンザニア北東部にある山で、標高5,895m。アフリカ大陸の最高峰。山域がキリマンジャロ国立公園に指定されています。東南約50km、南北30kmに広がった成層火山で、西からシラ峰(Shira、3962m)、キボ峰(Kibo、5895m) 、マウエンジ峰(Mawenzi、5149m)の3つから成る。南東部には巨大なカルデラがあり、中央にあるキボ峰が最高峰で、頂上はスワヒリ語で「自由」を意味するウフル(Uhuru)と呼ばれています。それは1961年のタンザニア独立を記念して命名されたもので、そこにはタンザニア初代大統領ジュリウス・ニエレレの言葉が刻まれたレリーフがあります。キボ峰からガスが出ていることがあり、2003年の調査でマグマは頂上から400mの深さにあると推定。最近の火山活動は200年前に記録されています。赤道付近にもかかわらず、キボ峰の頭頂部には、20世紀後期までレブマン氷河などの巨大な氷河が存在していました。近年は気候変動(降水量の減少など)にともなって規模が極端に縮小しているも、現在でも年間を通して氷雪を見ることができます。キリマンジャロの「キリマ(kilima)」はスワヒリ語で「山」、「ンジャロ(njaro)」はチャガ語で「白さ」であり、全体として「白く輝く山」を意味するというのが通説で、実は正確な語源ははっきりしていません。3つの峰の名前もチャガ語に由来するといわれているも、こちらも語源についても諸説が挙げられています。また、マサイ人はこの山をンガジェンガ(神の家)と呼んでいます。

山全体がキリマンジャロ州に属し、キリマンジャロ周辺には適度な雨があり、「キリマンジャロ・コーヒー種」が日陰で栽培され、上質のコーヒーとして世界中で愛好される主要輸出品になっています。またキリマンジャロの雪解け水などもあるため、南のタンザニア側にパンガニ川、北のケニア側にツァボ川などが流れ出しています。

1848年にドイツ人の宣教師レプマンにより、ヨーロッパに紹介され、当時キリマンジャロはイギリス植民地領(現ケニア)に属していましたが、後にアフリカ最高峰だと知ったドイツ皇帝ヴィルヘルム2世はイギリスに国境線の変更を要求して受け入れられ、1885年のベルリン会議においてこの地域はイギリスからドイツへと割譲されました。当初直線だった国境は、キリマンジャロ付近で大きくケニア側に湾曲した線になっています。1889/10/5にドイツ人地質学者ハンス・メイヤーが初登頂。1987年にキリマンジャロ山域を含むキリマンジャロ国立公園が、世界遺産に登録されました。アーネスト・ヘミングウェイは1936年にキリマンジャロを舞台にした小説「キリマンジャロの雪」(The Snows of Kilimanjaro)を発表。1952年に監督ヘンリー・キング、主演はグレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナー、スーザン・ヘイワードで映画化。静岡県と山梨県との間に跨る「富士山」の標高は3,776m、赤道直下にあるキリマンジャロに氷河が有。

1966/10/24に日本の冒険家の植村直己さんが単独で登頂しました。

キリマンジャロ・コーヒー
  Kilimanjaro Coffee

キリマンジャロ・コーヒーはタンザニアのキリマンジャロ山の麓の町、アルーシャやモシ近くの、標高1,500mから2,500m付近のプランテーションで栽培されている。コーヒーノキ(Coffea)の品種としてはアラビカ種。果実から加工生産した生豆は緑灰色で大粒という特徴が有。この豆のコーヒーは強い酸味と甘い香りを持つ。農産物の輸出が全体の7割(2000年)を占めるタンザニアで、貴重な外貨獲得源となっている。大部分の農園がプランテーションとなっており、農園主と使用人の貧富の格差の原因になっている。近年はタンザニアコーヒー協会(Coffee Authority of Tanzania、CAT)が生産・販売等の全てを取り仕切っている。
キリマンジャロ・コーヒー豆の収穫

アリューシャ州宣言20年記念
(ArushaDeclaration 1967-87)
タンザニア 1987/4/10 発行
ブランド名としてのキリマンジャロの認知度は高いが、タンザニア全域の収穫量を合わせても全世界の収穫量の1%程度。

1890年代にドイツ東アフリカ植民地がコーヒーノキの栽培を目論み最初は、東ウサンバアにレユニオン島から苗木を持ち込み栽培を目的とするプランテーション経営を開始。しかし雨が多い地域で栽培は難航。さらに労働者不足が深刻で、生育したコーヒー果実を採取することができなかったほどだった。原因としては奴隷貿易の廃止、他の農産物の生産が順調など。キリマンジャロに最初にコーヒーノキを持ち込んだのは、ギリシャ人といわれているが、東ウサンバアでのコーヒーノキ栽培に失敗すると、ドイツ人やイギリス人がこぞってキリマンジャロ山域にプランテーションを開拓。1914年頃には100のプランテーションで200万本のコーヒーノキが栽培される。当時はブランド価値がなく、一旦イェーメンに運ばれた後、モカのブランドでヨーロッパに運ばれていた。近年はキリマンジャロ山域、タンザニア北部、ケニア国境近くのモシ地方で栽培収穫された果実から加工生産したコーヒー豆のブランドで、タンザニア産コーヒー豆の全てを指すブランドとなっている。

参考HP:〜
キリマンジャロ山の場所地図

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。       12/3/25、14/10/10

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