世界遺産(パキスタン)
タキシラ仏教遺跡
BC6世紀
1980
創建
世界遺産登録


PAKISTAN
タキシラ仏教寺院遺跡群

Taxila
世界遺産シリーズ
パキスタン 1963/9/18 発行

タキシラ仏教寺院遺跡
  Taxila Buddhist Ruin

  住所:パキスタンのパンジャーブ州ラワルピンディー県
  (Rawalpindi District, Punjab, Pakistan)
  世界遺産:ユネスコの文化遺産(1980)
  (UNESCO World Heritage Site, Type:Cultural)
  正式名称:日:タキシラ
         英:Taxsila
         仏:Taxsila
タキシラは、パキスタンのパンジャブ州にあるガンダーラ時代に始まる都市遺跡で、首都イスラマバードの西、もしくはラワルピンディーから北西にそれぞれ約35kmのグランド・トランク・ロードから少し外れた場所にあります。

タキシラ遺跡はパキスタンの都市と仏教寺院の跡で、ガンダーラ美術(Gandhara Art)の中心(ペシャワール(Peshawar)、スワート渓谷(Swat Valley)から離れた場所にありながらガンダーラ最大の都市でした。紀元前4世紀のアレキサンダー大王(Alexander the Great, BC356-BC323)の東征時 (紀元前326年にアケメネス朝を征服したアレキサンダー大王がヒンドゥークシ山脈を越えてインダス川流域に侵入) にはすでに都市国家が形成されており、その後のマウリヤ朝(Maurya Empire、BC326-BC180)時代、バクトリア時代(Greco-Bactrian Kingdom、BC256-BC125)を通じて栄え、クシャン朝時代(Kushan Empire、30-375)には"一大仏教センター"としてガンダーラ美術が栄えましたが、5世紀に遊牧民族のエフタル族(Hephthalite Empire、408-670)の侵入を受け、都市は破壊され、仏教寺院やストゥーパ(Stupa:仏舎利)も壊されました。

タキシラは、歴史的に3つの重要な交易路が交差する場所
 ・マガダ国(Magadha、BC413-BC395)の首都パータリプトラ(Pataliputra)から続く道
 ・バクトリア(Bactria)やペシャーワルなど北西から続く道
 ・シュリーナガル(Srinagar)、マーンセヘラー()、ハリープル渓谷からシルクロード
へとつながる道にありました。伝説上では、タクシャシラ(Takshashila)という王国がタキシラを中心とする地域を支配していたとされており、サンスクリット語では、タクシャシラとは、タクシャ王(King Taksha)に所属する土地の意味です。

タキシラの歴史は紀元前6世紀まで遡ることが可能であり、六派哲学の一つであるヴェーダーンタ学派で、インドの仏教の中心の役割を果たしてきました。
そしてその遺跡は、
 ・ビール丘(アケメネス朝ペルシア時代, Achaemenid Empire, BC550-BC330)
 ・シルカップ(バクトリア時代, Greco-Bactrian Kingdom, BC256-BC125)
 ・シルスフ(クシャーナ朝時代, Kushan Empire, 30-375)
という異なる時代の3つの都市遺跡と、
 ・ガンダーラ仏などの多数の仏教伽藍遺跡
で構成されています。

タキシラの発掘は、1872年にイギリス人考古学者アレクサンダー・カニンガム(Alexander Cunningham, 1814-1893)によって始まりました。数多くのガンダーラ美術の傑作がタキシラから発掘され、1913年から1934年の間には、ジョン・マーシャル卿 (Sir John Hubert Marshall, CIE, FBA, 1876, Chester, England-1958, Guildford, England) による発掘作業が行われ、マーシャル卿によるが発掘した出土品はタキシラ博物館に展示されています。今現在も発掘・修復は続いています。首都イスラマバード・ラワルピンディから32キロと近く、気軽に日帰りで訪問できる遺跡で、1980年にユネスコの世界遺産に登録されました。

・主なタキシラの考古遺跡:〜
タキシラ考古遺跡は、紀元前6世紀からエフタルの破壊による5世紀までの約1000年間の歴史が有。ヒンドゥー教及び仏教の宗教センターの役割を果たしつつも、パンジャブ地方の政治・経済の中心地であった側面を持つ都市遺跡。

・シルカップ遺跡
  (Sirkap, city of Taxila, Punjab, Pakistan)
シルカップ遺跡は紀元前2世紀、バクトリア(アフガニスタン北部)のギリシャ人が侵入後、デメトリオス1世 (バクトリア王, Demetrius I of Bactria, ?-BC180年頃)が建設した都市。その後、サカ、パルティア、クシャーン朝時代に栄えました。町はギリシャの都市計画に基づいて建設され碁盤の目のような街づくりになっています。タキシラ博物館のすぐそばにある遺跡です。 現在シルカップは、紀元前4世紀ギリシャ以前の都市からクシャン朝まで7層の都市跡が発掘されており、地上に現れている層は、上から2層目のパルティア時代のものが主となっています。メイン・ストリートの両側には仏教寺院、ジャイナ教寺院、商店等の家屋、日時計等の跡が残っています。外敵の進入を防ぐため、街の入り口はわざとメイン・ストリートからずらした所に造られました。

・タキシラ博物館
  (Taxila Museum)
タキシラ博物館はシルカップ遺跡と隣接して有。ガンダーラの展示としてはペシャワール博物館に次いでしっかり展示されています。実際の遺跡では見られない仏塔の細部装飾やギリシャ彫刻のような特徴をもつ仏像、レリーフなどが展示されています。通常の観光ではこの博物館の観光でガンダーラの説明を受け、そして都市遺跡のシルカップ、山岳仏教遺跡の典型ともいえるジョウリアン僧院が見学できます。

・ジョウリアン遺跡
  (Jaulian Stupa)
ジョウリアン遺跡は山道の階段を登ること10分、タキシラの町を一望することができる丘の上にあるガンダーラの典型的な山岳仏教寺院です。僧侶の暮らした僧院区、主ストゥーパ(仏塔)と奉献ストゥーパ、祠堂からなる塔院区があり、ストゥーパの基壇にはストゥッコ(化粧漆喰)の装飾が美しく残っています。僧院区の壁を外側から見ると、美しく積み重ねられた壁が当時のまま、今も残っています。

・ダルマラージカ遺跡
  (Dharmarajika Stupa)
ダルマラージカはタキシラの中で最も古く大きな仏教寺院。紀元前3世紀、アショーカ王(King Ashoka、BC268頃-BC232頃)は仏舎利を8つのストゥーパに分納しましたが、このダルマラージカはそのひとつのストゥーパ。主ストゥーパのまわりには奉献ストゥーパ、祠堂があります。

・モーラ・モラドゥ遺跡
  (Mohra Moradu stupa)
モーラ・モラドゥ遺跡は僧院と塔院からなる仏教寺院。長方形の基壇とストゥーパの一部が残り、基壇の装飾は長い間泥に埋まっていたため保存状態が良く、出土品の多くはタキシラ博物館に展示されています。

・グランド・トランク・ロード(大幹道)
  (Grand Trunk Road、王の道)
グランド・トランク・ロードは16世紀、一時的にムガール王朝に取って代わったアフガン系王朝のシェール・シャー・スーリによって作られた、カブールからアグラまでの壮大な「大幹線道路」。その当時の道がイスラマバードから28キロ、タキシラの手前にあるマルガラ峠に残されています。丘の上には花崗岩でできたオベリスク「ジョン・ニコルソン碑」があります。ジョン・ニコルソンは1848年の第2次シーク戦争の時、地元民と一緒に戦ったことからこの記念碑が建てられました。

大幹道(Grand Trunk Road)は、アジアの最古で最長の主要道の1つで、2000年以上前からずっと、インド亜大陸の東と西、すなわち南アジアと中央アジアを結んでいます。バングラデシュのチッタゴンからインドの西ベンガル州のハウラーを経由して、北インドを横断しパキスタンのラホールを越え、アフガニスタンのカブールに至ります。以前の名前にはウッタラパサ("北への道")やシャー・ラー・エ・アザム("大きな道")、サダク・エ・アザム、バドゥシャヒ・サダク等が有。大幹道と呼ばれる道はマウリヤ朝時代(Maurya Empire, BC322-BC180)には存在し、ガンジス川の河口から帝国の北西辺境地域に続いていました。近代の道の前身はシェール・シャー(Sher Shah Suri, 1486-1545)が古代マウリヤ(Maurya Empire, BC322-BC180)の道を16世紀に再建。イギリス統治時代の1833年から1860年に道はかなり改良されました。

参考HP:〜
世界遺産パキスタンのタキシラの場所地図
世界遺産パキスタンのタキシラの場所地図(日本語)
パキスタン付近の地図(日本語)

こちらで世界遺産の
モヘンジョダロ (パキスタン)
サンマリノ (イタリア)
ヌビア遺跡 (エジプト)
ピラミッド (エジプト)
パルテノン神殿 (ギリシャ)
姫路城 (日本)
をお楽しみください。

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。       2016/9/9

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