★オランダ 冒険航海(Adventure Voyage)
ヤコプ・ロッヘフェーン
1722
サモア諸島を発見

大航海物語★
ロッヘフェーン船長の大航海
嵐の海を大航海
アレンド号 アフリカーンシェ ・ガレイ号

シ|ンホ|フ
ェン号
サモア諸島に到着
ヤシの木と
夕日に映える帆船


南洋を大航海

ロッヘフェーン船長の航海地図
サモア諸島の地図
南極
ロッヘフェーン船長の大航海250年記念
サモア 1972/6/14 発行
北極







オランダ国旗→
St.Helena
17世紀のダッチガレオン船
White Leeuw、1602


セントヘレナ 1998/8/25 発行
FIJI
太平洋と世界地図

フィジー 1977/4/12 発行

オランダの ロッヘフェーンは、父親が神話上の土地”テラ・アウストラル”(Terra Austral)の研究に専念していたのを見て育ち、62才でその土地を探すため、3隻の船でオランダを出帆し、フォークランド諸島、イースター島、タヒチ島などに到達、サモア諸島を発見しました。
ヤコプ・ロッヘフェーン (1659/2/1〜1729/1/31)
 Jacob Roggeveen
、Dutch explorer
ヤコプはスペインから独立(1581年の独立宣言)してネーデルラント連邦共和国(1579年のユトレヒト同盟が基礎となって成立、1795年のフランス革命軍の侵攻によって崩壊)となったオランダのミデルブルフ(Middelburg)で生ました。父親アレント・ロッヘフェーン(Arent Roggeveen)は数学者で、地理学・天文学、また航海に関する知識があり、神話上の土地”テラ・アウストラル”(Terra Austral)の研究に専念していました。ヤコプはそれを見て育ちました。1683年に生まれた土地であるミデルブルフ(Middelburg)で公証人となりました。ヤコプは1690/8/12にハルデルワイク大学で法律を修めました。マリヤと(Marija Margaerita Vincentius)と結婚しましたが、35才の1694/10月にマリヤ夫人は亡くなりました。

1706年にオランダ東インド会社(VOC,Dutch East Indies Company)に参加し、翌年にオランダ領東インドのバタビア(Batavia、現ジャカルタ)に渡り、そこでアン(Anna Adriana Clement)と結婚し裁判官として働き(1714年迄)ましたが、アン夫人は間もなく亡くなりましたので、1715年に故国のミデルブルグに戻り、宗教論争に関わり、1718年に「世界の偶像の没落」(De val van 's werelds afgod)第1巻を出版しました。父親アレントが研究していた”テラ・アウストラル”の土地を探すため探検航海に出ようと、オランダ東インド会社と交渉を重ね、「世界の偶像の没落」の第2、3巻を出版しました。1721年に”テラ・アウストラル”探検航海の契約が、はれて西インド会社と成立しました。

そして、62才のヤコブはオランダ東インド会社の命で太平洋の南の海に有ると信じられていたテラ・オーストラリス(Terra Australis)の探索大航海へと、1721/8/1に東インド会社のアレンド号(Arend)、シーンホーフェン号(Thienhoven)、アフリカーンシェ・ガレイ号(Afrikaansche Galey)の3隻でオランダを出帆しました。フォークランド諸島に到達し、ベルギア(Belgia Australis)と名付けました。ル・マール海峡(Le Maire Strait)を回航して太平洋に出て、チリ西岸のヴァルデヴィア港(Valdivia, Chile)に到着しました。そこから西へと航海して、1722/2/24にファン・フェルナンデス諸島に到達・上陸して、3/17に出帆。4/5にイースター島のラプ・ヌイ島(Rapa Nui)に到達・発見し、その日がイースター(Easter Sunday)だったので「イースター島」と名付けました。

そしてバタビアへ向けて大平洋を横断、1722年にトゥアモトゥ諸島、ソシエテ諸島を回航してタヒチ島に寄航し、サモア諸島を発見し、バタビアへ到着しました。バタビアでは、オランダ東インド会社が東回り航路で貿易を独占していたのを侵犯したとして、当局とトラブルになりましたが、まもなく解決して、帰国へ向けてバタヴィアを出帆。1723年にミデルブルフに帰港しました。帰国後「世界の偶像の没落」の第4巻を出版しました。1729年にミデルブルフで70才で亡くなりました。

・参考HP〜
 ・サモア諸島の地図
 ・サモア諸島の場所地図(1)
 ・サモア諸島の場所地図(2)
 ・ソシエテ諸島 & トゥアモトゥ諸島の地図
 ・ソシエテ諸島の地図
 ・トゥアモトゥ諸島の地図
 ・ルマール海峡の地図

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。     08/12/12、0/12/12、12/2/10
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