Nigeria

国連 1982 発行
 切手で綴るアフリカ大陸一周航海シリーズ No.13
ナイジェリア連邦共和国
Federal Republic of Nigeria

大航海物語
  地図編

NIGERIA
西アフリカの地図

西アフリカ・ハイウェイと情報通信ネットワークの地図
ナイジェリアの地図

大学の場所地図
ナイジェリア 1978/4/28 発行

材木の筏流し

英領ナイジェリア 1953 発行
スズ鉱山

英領ナイジェリア 1953 発行


GOLD COAST
ナイジェリアの場所地図

英領ゴールドコースト 1952 発行 (画像200%)




←ナイジェリア

ナイジェリア連邦共和国
 
(Federal Republic of Nigeria)
 面積:923,773ku(日本の約2.5倍)
 人口:約1億8,599万人(2016)、GDP:4,050億米ドル(2016)
 首都:アブジャ(Abuja、1991年12月ラゴスより遷都)
 民族:ハウサ、ヨルバ、イボなど250以上と推定
     ナイジェリアには北部のイスラム教徒主体のハウサ人、西部のイスラム/キリスト教混合の
     ヨルバ人、東部のキリスト教主体のイボ人の三大民族と、その他の多くの少数民族が有
 言語:英語(公用語)、各民族語(ハウサ語、ヨルバ語、イボ語など)
 宗教:イスラム教〜北部中心、キリスト教〜南部中心、伝統宗教〜全域、など
 1番切手:英領ナイジェリア1914年発行(ジョージ5世図案)
        独立後:1960/10/1発行(連邦議会ビル図案)。
ナイジェリアの国名は、国内を流れるニジェール河(Niger River, 4,180km)に因んでいます。ニジェール河の語源は、遊牧民トゥアレグ族により、この河がニエジーレン (n'egiren) 「川」、またはエジーレン (egiren) 「川」と呼ばれていたといわれています。これがフランス人に伝えられ、ラテン語で「黒」を意味するニジェール (niger) と転訛しました。 ニジェール (Niger) とナイジェリア (Nigeria) は本来は同じ地域を指すも、旧宗主国を異にする両地域が別々に独立して、別の国を指すことになりました。

紀元前5世紀から2世紀にかけて、国土の中央部のジョス高原で土偶で知られる初期鉄器文化のノク文化(Nok culture、BC10-AD6世紀頃絶頂期)が繁栄。9世紀頃に国土の南東部でニジェール河の三角州の付け根付近のアナンブラ州にある村イボ=ウクゥ(Igbo-Ukwu)にて青銅器製品を多量に伴うすばらしい王墓が造られました(イボ文化)。この地方ではイボ族その他イビビオ族のように指導者のない集団による人口の多い村々のネットワークが、アフリカ固有の平等主義と民主主義の概念で管理されていました。10〜15世紀頃に国土の南西部には、青銅製などのすばらしい彫刻で知られるイフェ王国(Ife、700-900頃)と、ソープストーン(Soapstone)の塑像で知られるエシエ文化(Esie, クワラ州の町)が栄えました。これらの大胆なフォルムの彫刻は後に19世紀ヨーロッパに紹介され、20世紀美術に多大な影響を与えました。14世紀から18世紀にわたって南部にベニン王国(Benin Empire, 1170-1897)が繁栄。1485年に下ギニアのベニンにポルトガルが来航し、ギニア湾のサントメ島はポルトガルに征服されるも、ベニン人は IFEのブロンズ像

ナイジェリア 1953 発行
来航したポルトガル人から鉄砲(銃)を取り入れて軍事力と王権を強化しました。密林で外部の文化から阻まれた南部と異なり、北部ではキャラバン交易(サハラ交易)を通じて北アフリカから物資や文化の伝播があり、イスラム教が伝わりました。

・ナイジェリアの略史:〜
0700、ナイジェリア北部一帯支配のカネム帝国(Kanem Empire, 700-1376)が建国される
12世紀頃、イスラム教が伝わる
13世紀、ニジェール南部からナイジェリア北部のサバンナ地域(ハウサランド)にハウサ人の都市国
    家群のハウサ諸王国が建国されるも、19世紀にソコト帝国に征服される
     ・ダウラ王国(Daura Emirate, ?-1805)
     ・カノ王国(Kingdom of Kano, 999-1349)、
     ・カツィナ王国(Katsina Emirate, ?-1807)
     ・ザリア(Zaria Emirate, ?-1805)
     ・ゴビール(Gobir Emirate, ?-1805)
     ・ラノ(Rano Emirate, ?-1805)
     ・ビラム(Biram, ?-1805)、(ハウサの7王国)など
1376、カネム帝国がチャド湖西南岸のボルヌ地方に遷都、ボルヌ帝国(Bornu Empire, 1396-1893)
    となってカネム・ボルヌ帝国(Kanem-Bornu Empire, 700-1380)と呼ばれる
1400、ナイジェリア南東部支配ヨルバ人のオヨ王国(Oyo Empire, 1400-1905)が建国される
1472、ポルトガル人がラゴスを建設して奴隷貿易の拠点となり、
    欧州の貿易商人達が南北アメリカ大陸へ送る奴隷の増加で奴隷海岸と呼ばれる様になる
1485、ポルトガル人の探検家が下ギニアのベニンに到達し、西欧との交易が始まる
1804、ナイジェリア北部のハウサ人地域にソコト帝国(Sokoto Caliphate, 1804-1903)が建国される
1807、イギリス軍が奴隷売買を禁止し、商品貿易に取ってかわる
1861、ラゴスがイギリスにより植民地に併合される
1886、イギリス政府がジョージ・トーブマン・ゴールディ卿らによる貿易会社を
    「王立ニジェール会社」として諸特権を与え、ナイジェリア一帯の支配を開始
1897、ベニン王国が周囲のハウサ人のソコト帝国とヨルバ人のオヨ王国ともイギリスに滅ぼされ、
    ナイジェリアはイギリスに植民地化され
    ニジェール海岸保護国(Niger Coast Protectorate 1893-1900)となる
1900、イギリスに北部ナイジェリア保護領と南部ナイジェリア保護領が設立される
1901、ニジェール会社は北部と南部のナイジェリア保護領との二つの保護領に再編成される
1903、フラニ帝国も滅亡し、イギリスとフランスに分割される
1906、イギリスがラゴス植民地と南部ナイジェリア保護領を統合
1914、イギリスが南北ナイジェリア植民地を一つの保護領に統合、英領ナイジェリアとなる
    イギリスがベニン王室の復活を許可し、実権はないものの現在もベニン王家は有
1956、シェル石油がオゴニ(ポートハーコート中心のニジェール・デルタに有)で原油採掘を開始
1960、第二次大戦(1939-1945)後ナショナリズムが高まり、第一次大戦(1914-1918)後、
    旧ドイツ帝国植民地でイギリスの信託統治領となっていた西カメルーンの北部を編入し、
    広範な自治権を有する北部州・西部州・東部州の3地域の連邦制国家の英連邦王国として、
    10/1にイギリスから完全独立
1963/10/1、連邦共和国憲法を制定して大統領制に移行(第一共和政、1963-1966)
    同時に西部州から中西部州を分割して全4地域(州)となる
1966〜1993、軍事クーデター(7回)、
         最大〜ビアフラ内戦(1967〜1970)
1966/1/15、イボ族の軍部ジョンソン・アグイイ=イロンシ将軍によるクーデターが勃発
    イロンシ将軍が大統領に就任
1966/7/28、イロンシ大統領が暗殺され、ヤクブ・ゴウォン軍事政権成立(第一次軍政、1966-1967)
    ゴウォン政権は連邦政府への中央集権化を図るため、地方を12州に再編
    (東部州が反発してビアフラ内戦が勃発、イボ族の敗北で終結)
1967/7/6、東部州地域の有力民族であるイボ族がビアフラ共和国(1967-1970)を建国し
    独立を宣言してナイジェリア内戦が勃発(ビアフラ戦争、1967/7/6〜1970/1/12)
1970、イボ族の敗北でビアフラ内戦が終結、、(第二次軍政、1970-1979)1999
1975、軍の民政移行派(オバサンジョ将軍、ムハメド将軍らを含む)によるクーデターが成功
    ムハンマド将軍が大統領に就任
1976、ムハンマド大統領は暗殺される
    ビアフラ戦争を経て地方を19州制に再編成
1977、オバサンジョ将軍が最高軍事評議会議長に就任、新憲法を制定
1979、大統領選挙でシェフ・シャガリが当選、文民大統領(第二共和政、1979-1983)が誕生するも、
    多くの国民は民政化後かえって汚職や経済が悪化したと感じる
1983、大統領選挙でアウォロウォ元西部州首相が勝利するも、ムハンマド・ブハリ将軍ら
    軍政派によるクーデターで再び軍政に戻る、(第二次軍政、1983-1993)
    彼は経済再生を約束するも、強圧的な体制を敷きかえって経済は悪化
1985、再度クーデターが起きイブラヒム・ババンギダ将軍が実権を掌握
    彼は最初人権を重視すると約束するも次第に圧制に移行
    また為替自由化などの経済改革はナイジェリアの通貨暴落を招き
    何度もクーデター未遂を引き起す
1987、地方を21州に再編成
1991、地方を30州に再編成
1992、1990年の新憲法で約束された大統領選挙、疑問視されつつ実現するも、
    ババンギダ将軍は不正があったと主張しやり直させる
1993/6/12、再選挙で実業家モシュード・アビオラが勝利(第三共和政、1993/6-1993/11)
    またもババンギダ将軍は不正を主張
    8/26に引退して一旦文民出身の側近アーネスト・ショネカンに政権を任せるも3ヵ月後の
1993、11月に1980年代の2回のクーデターにもかかわったとみられるサニ・アバチャ将軍が
    実権を掌握、アバチャ軍事政権成立(11/17, 第三次軍政、1993-)
    アバチャ大統領は政党や集会、出版を弾圧し、多くの政治家や民主運動家や政敵を投獄、
    ナイジェリアに圧政を敷き新憲法制定を延ばし続け、アフリカ随一の地域大国らしくするべく
    リベリアの長い内戦を終わらせ民政移管するプロセスに参加し、リベリアで軍によるクーデ
    ターが起こると、直ぐリベリアに軍を派遣して文民政権を守る
1996、地方を36州制に再編成
1998、アバチャ大統領は民政移管を約束するも、大統領選挙では候補者はアバチャ1人だけ
    選挙直前の6/8にアバチャ元首が急死で、アブバカール軍事政権成立
1999、新憲法が制定され、民政へ移行
    かつてのクーデター軍人オルシェグン・オバサンジョが、初の民主的選挙で大統領に当選
1999、5月に大統領選挙、オバサンジョ大統領選出
2002、イスラム過激派ボコ・ハラム(Boko Haram)がナイジェリア北部のマイドゥグリで結成される
2003、5月に大統領選挙、オバサンジョ大統領再選
2006、オバサンジョ大統領の3選を可能にする憲法改正が否決される
2007、2月にアブバカル副大統領が大統領選挙の候補者名から除外される
    4月にアブバカルの立候補を最高裁が容認
2007/4/23、選挙管理委員会は大統領選挙で国民民主党のウマル・ヤラドゥアが当選と発表するも
    国際選挙監視団は不正投票があったとして有効性を疑問視する
2007、5月に大統領選挙、ヤラドゥア大統領選出
2007/8/14、ナイジェリア中央銀行がデノミネーションを発表
    (2008年8月から100ナイラを1ナイラとする)
2010/5/5、ヤラドゥア大統領が病死、グッドラック・ジョナサン副大統領が大統領に就任
2011、4月に大統領選挙、ジョナサン大統領選出
2014、4月にボコ・ハラムがボルノ州の学生寮を襲撃して女子生徒240人を誘拐
2015、3月に大統領選挙、ブハリ大統領選出。

ナイジェリア連邦の36州(state)と連邦首都地区と774地方行政区域(Local government areas):〜
( 1)アビア (Abia)、州都 ウムアヒア(Umuahia)
( 2)アダマワ (Adamawa)、ヨラ (Yola)
( 3)アクワ・イボン州(Akwa Ibom)、ウヨ (Uyo)
( 4)アナンブラ州(Anambra)、アウカ (Awka)
( 5)バウチ州 (Bauchi)、バウチ (Bauchi)
( 6)バイエルサ州 (Bayelsa)、イェナゴア (Yenagoa)
( 7)ベヌエ州 (Benue)、マクルディ (Makurdi)
( 8)ボルノ州(Borno)、マイドゥグリ(Maiduguri)
( 9)クロスリバー州 (Cross River)、マイドゥグリ (Maiduguri)
(10)デルタ州 (Delta)、カラバル (Calabar)
(11)エボニ州(Ebonyi)、アサバ (Asaba)
(12)エド州(Edo)、アバカリキ (Abakaliki)
(13)エキティ州 (Ekiti)、ベニンシティ (Benin City)
(14)エヌーグ州 (Enugu)、エヌグ (Enugu)
(15)ゴンベ州 (Gombe)、ゴンベ (Gombe)
(16)イモ州(Imo)、オウェリ (Owerri)
(17)ジガワ州 (Jigawa)、ドゥツェ (Dutse)
(18)カドナ州 (Kaduna)、カドゥナ (Kaduna)
(19)カノ州 (Kano)、カノ (Kano)
(20)カツィナ州 (Katsina)、カツィナ (Katsina)
(21)ケビ州 (Kebbi)、ビルニン・ケビ (Birnin Kebbi)
(22)コギ州 (Kogi)、ロコジャ (Lokoja)
(23)クワラ州(Kwara)、イロリン (Ilorin)
(24)ラゴス州 (Lagos)、イケジャ (Ikeja)
(25)ナサラワ州 (Nassarawa)、ラフィア (Lafia)
(26)ナイジャ州 (Niger)、ミンナ (Minna)
(27)オグン州 (Ogun)、アベオクタ (Abeokuta)
(28)オンド州 (Ondo)、アクレ (Akure)
(29)オシュン州 (Osun)、オショグボ (Osogbo)
(30)オヨ州 (Oyo)、イバダン (Ibadan)
(31)プラトー州 (Plateau)、ジョス (Jos)
(32)リヴァーズ州 (Rivers)、ポートハーコート (Port Harcourt)
(33)ソコト州 (Sokoto)、ソコト (Sokoto)
(34)タラバ州 (Taraba)、ジャリンゴ (Jalingo)
(35)ヨベ州 (Yobe)、ダマトゥル (Damaturu)
(36)ザムファラ州 (Zamfara)、グサウ (Gusau)
(37)連邦首都地区(Federal Capital Territory)、アブジャ (Abuja)。

<州の変遷>
1960年〜3州制
 ・北部州 (Nothern State)
 ・東部州 (Estarn State)
 ・西部州 (Western State)

1963年〜4州制
 ・北部州
 ・東部州
 ・西部州
 ・中西部州

1967年〜12州制の導入〜ビアフラ戦争
※北部州
 (1)カノ州
 (2)クワラ州
 (3)ベヌエ=プラトー州
 (4)北部中央州
 (5)北東部州
 (6)北西部州
※東部州
 (7)東部中央州
 (8)南東部州
 (9)リバーズ州
※西部州
 (10)ラゴス州
 (11)西部州
 (12)中西部州

1976年〜19州制
・北部州
 (1)カノ州
 (2)クワラ州
 (2)西部中央州
 (※)ベヌエ=プラトー州(Benue-Plateau State)
  (3)ベヌエ州
  (4)プラトー州
 (5)北部中央州
 (※)北東部州(North-Eastern State)
  (6)バウチ州
  (7)ボルノ州
  (8)ゴンゴラ州(Gongola State)
 (※)北西部州(North-Western State)
  (9)ナイジャ州
  (10)ソコト州
・東部州
 (※)東部中央州
  (11)アナンブラ州
  (12)イモ州
 (※)南東部州
  (13)クロスリバー州に改名
 (14)リバーズ州
・西部州
 (15)ラゴス州
 (※)新西部州
   (16)オグン州
   (17)オンド州
   (18)オヨ州
 (※)中西部州
   (19)ベンデル州

1987〜21州
※北部州
 (1)カノ州
 (2)クワラ州
 (3)西部中央州
 (※)ベヌエ=プラトー州(Benue-Plateau State)
  (4)ベヌエ州
  (5)プラトー州
 (6)北部中央州
 (※)北東部州
  (7)バウチ州
  (8)ボルノ州
  (9)ゴンゴラ州
 (※)北西部州
  (10ナイジャ州(Niger State)
  (11)ソコト州(Sokoto State)
・東部州
 (※)東部中央州
  (12)アナンブラ州(Anambra State)
  (13)イモ州(Imo State)
 (※)南東部州(※)クロスリバー州に改名
  (14)アクワ・イボム州(Akwa Ibom State)
  (15)クロスリバー州(Cross River State)
 (16)リバーズ州(Rivers State)
・西部州
 (17)ラゴス州(Lagos State)
 (※)新西部州
   (18)オグン州
   (19)オンド州
   (20)オヨ州
 (※)中西部州(Mid-Western Region)
   (21)ベンデル州(Bendel state)
1991〜30州
1996〜36州制。

州(Regions) 州(States)
1960 1963 1967 1976 1987 1991 1996 No
北部州 北西部州 ソコト州 ケビ州 1
ソコト州 ソコト州 2
ザムファラ州 3
ナイジャ州 4
北東部州 ゴンゴラ州 タラバ州 5
アダマワ州 6
ボルノ州 ボルノ州 7
ヨベ州 8
バウチ州 バウチ州 9
ゴンベ州 10
北部中央州 カドゥナ州 カドゥナ州 11
カツィナ州 12
クワラ州 クワラ州 13
コギ州 (旧ベヌエ州の一部を含む) 14
カノ州 カノ州 15
ジガワ州 16
ベヌエ=プラトー州 プラトー州 プラトー州 17
ナサラワ州 18
ベヌエ州 19
西部州 中西部州 ベンデル州 エド州 20
デルタ州 21
西部州 西部州 オヨ州 オヨ州 22
オスン州 23
オンド州 オンド州 24
エキティ州 25
オグン州 26
ラゴス州 27
東部州 リバーズ州 リバーズ州 28
バイエルサ州 29
東部中央州 アナンブラ州 エヌグ州 エヌグ州 30
エボニ州(旧アビア州一部含) 31
アナンブラ州 32
イモ州 イモ州 33
アビア州 34
南東部州 クロスリバー州 35
アクワ・イボム州 36
1960 1963 1967 1976 1987 1991 1996 No

<ナイジェリアの世界遺産>
・スクルの文化的景観 (1999年、文化遺産)
  (Sukur Cultural Landscape) ・参考HP〜場所地図
  ナイジェリア北東部アダマワ高地のベヌエ川沿いにあるスクルの小集落で、
  古来製鉄がさかんだった製鉄所の遺構などが有
・オシュン=オショグボの聖なる木立 (2005年、文化遺産)
  (Osun-Osogbo Sacred Grove) ・参考HP〜場所地図
  ナイジェリアのオシュン州 (Osun) 州都オショグボ (Osogbo) にあって、
  ヨルバ人にとって宗教的な意味を持つ原生林。

<IFEのブロンズ像>
1897年にベニン王国とイギリスとの間に紛争が起こり、イギリスはベニンを占領して南部ナイジェリア保護領(Southern Nigeria Protectorate, 1900-1914)になりました。イギリスは街を焼き払い、王国の文化財を破壊し略奪して、ベニンのブロンズ像はこの時に略奪され、世界各国へと流れていきました。なお現ベナン共和国は、ナイジェリアの現ベニンシティを王都としたベニン王国の名にちなんで命名されるも、地理的にも歴史的にもつながりは全くありません。

参考HP:〜
ナイジェリアの地図
ナイジェリアの州区分地図(36の州)
ナイジェリアの場所地図(日本語:国名入りアフリカの地図)

こちらで
コンゴ共和国
チュニジア
コーヒー
ヴェーゲナー博士
世界遺産の
ヘンダーソン島 (ピトケーン諸島)
ヌビア遺跡 (エジプト)
パルテノン神殿 (ギリシャ)
法隆寺 (日本)
をお楽しみください。

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。       2019/5/19
スタンプ・メイツ
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