韓 国
Republic of Korea

大韓民国
ソヤン(soyang)川ダムと朝鮮半島の場所地図
ソヤン川水力発電所完成記念


大韓民国 1973/10/15 発行
朝鮮半島の地図
森林地区造成計画


大韓民国 1972/5/10 発行

韓国義勇軍、ヴェトナム戦争に参戦 日本固有の領土「竹島」の帰属をめぐる紛争切手
北ヴェトナム→

17度線→

南ヴェトナム→
韓国義勇軍
←の軍旗
韓国 1965/4/20 発行 韓国は日本政府の抗議にもかかわらず ”2004/1/16” 竹島切手を再び発行

韓国 2004/1/16 発行
ツル

大韓民国 1969 発行
朝鮮人参

大韓民国 1949 発行
楼閣焼失前の崇礼門

大韓民国 1954/6/15 発行

2008/2/10の放火で、1398年建築の
石造の門を除いた木造楼閣の大部分を焼失
モモ クリ カキ ブドウ リンゴ
韓国 1974/3/30 発行

大韓民国
 Republic of Korea

面積:約99,274ku(朝鮮半島全体の45%、日本の約4分の1)、人口:約4,846万人(2007)、首都:ソウル、民族:韓民族、言語:韓国語、宗教:仏教25%、プロテスタント20%、カトリック7.4%、その他(社会・文化に儒教の影響あるもすたれてきている)、通貨:ウォン(KRW)、1番切手:1884年発行。

BC195年頃〜紀元前108年、考古学的に証明できる朝鮮最初の国家「衛氏朝鮮」起こる
BC108年、衛氏朝鮮の三代衞右渠の時に漢の武帝に滅ぼされる
  漢の四郡(真番・玄菟・楽浪・臨屯)が設置され、原三国時代(BC108-4世紀中葉)となる
0200年頃、日本の渡来人神功皇后が「新羅」を救援、朝鮮半島へ大航海(369年説有)、
      任那日本府(369年)が設置される、その後の3世紀終わり頃に氏族国家成立
0562年、任那日本府が新羅に制圧されて滅亡
4世紀中頃〜668年、三国時代(高句麗(-668)、百済(-660)、新羅)となる
0668年〜935年、初めての統一政権・新羅(-935)
    後三国時代(892-936)、後高句麗(894-918)→高麗、後百済(892-936)

0918年〜1392年、高麗時代
0918年、後高句麗豪族の王建が新羅の王位を奪い高麗を建国
0933年、後唐の冊封を受ける
0935年、新羅の敬順王、高麗に国を譲渡し、新羅が滅亡
0936年、後百済を滅ぼし高麗が朝鮮半島統一
0976年、田柴科制(でんさいかせい、高麗の土地制度)創設
1010年、契丹の侵入を撃退
1018年、契丹の再侵入、契丹軍を殲滅(亀州大捷)
      高麗の科挙で重臣となった姜邯賛(カンガムチャン、943-1037)の活躍
1033年、高麗の長城の建設開始
1126年、李資謙の乱、金に服属
1232年、モンゴル帝国の侵略が始まる
1259年、モンゴル帝国(元)に屈し、属国化、皇帝の娘婿の国になる
1274年、高麗は元(蒙古)のクビライによる日本服属の襲撃軍に参加、1回目
1281年、高麗は元(蒙古)のクビライによる日本服属の襲撃軍に参加、2回目
1350年頃、倭寇(前期倭寇)が活発化
1364年、文益漸(1329生)が国禁を犯して元から木綿の種を伝え栽培した記録が有
1389年、朴ウィによる対馬攻撃を境に、倭寇の回数は激減
1368年、明が中国に興り、元を北に追いやる(北元)
1370年、高麗は明へ朝貢して冊封を受ける
1388年、李成桂(倭寇や元との戦いで功績をあげ台頭していた武人)がクーデターで政権を掌握
1389年、李成桂が恭譲王を擁立、親明派官僚の支持を受けて体制を固める
1392年、李成桂が恭譲王を廃して国王に即位し、李氏朝鮮王朝を興す

1392年〜1910年、李氏朝鮮時代(朝鮮王朝・李氏朝鮮)
1392年、李成桂が高麗の恭譲王から王位を奪い高麗王に即位、明が権知高麗国事と認める
1393年、李成桂が明の皇帝から権知朝鮮国事に冊され、国号が朝鮮となる
1404年、室町幕府と国交回復、日朝貿易盛んとなる
1418年、太宗が譲位して、世宗が即位(〜1450)
1419年、倭寇征伐を理由として対馬に遠征、日本では「応永の外寇
1510/4/4、対馬から宗盛親率いる援軍を加えた約4500の兵力で「三浦の乱」起こる
1523年、明の寧波で日本人が「寧波の乱」を起す(大内氏と細川氏の争いから明と国交断絶)
      勘合貿易が途絶すると倭寇を通じた密貿易が盛んになり、後期倭寇が活動を活発化
1588年、豊臣秀吉の海賊停止令により倭寇が終息
1592年-1598年、「壬辰倭乱・丁酉再乱」、豊臣秀吉の2度の朝鮮侵攻で、
      朝鮮の全国土が戦乱の被害をうける(日本では文禄・慶長の役
1607年、朝鮮の回答兼刷還使が訪日(朝鮮通信使)
1609年、李氏朝鮮と対馬の宗氏との間で己酉約条(慶長条約)が結ばれ、貿易が再開
1636年、清のホンタイジが朝鮮に親征(丙子胡乱)、朝鮮国王”仁祖”、南漢山城に篭城
1637年、”仁祖”降伏(三田渡の降伏)、明に替わり、清の皇帝を認める(大清皇帝功徳碑)
1674年、粛宗即位(在〜1720年)甲寅礼訟により、南人が政権を握る
1784年、李承薫が天主教の書籍を持ち込む
1796年、イギリスのブロートン艦長がヴァンクーバー島から太平洋を横断、
      黄海から朝鮮に来りて、朝鮮を訪問した最初の英国人となる
1811年、洪景来の乱(地方差別に反発した一揆)
1866年、ジェネラル・シャーマン号事件。キリスト教徒の弾圧(丙寅教獄)
      フランスは抗議のため、軍艦・兵士を派遣し、江華島の一部を占拠(丙寅洋擾)
1868年、オッペルト事件、
      興宣大院君の父親(南延君)の遺骸を墓所から持ち去って恐喝しようとして失敗
1875年、江華島事件、大日本帝国が朝鮮との国交通商を要求し武力示威した事件
1876年、大日本帝国の明治新政府と日朝修好条規を結ぶ
1882年、米朝修好通商条約。壬午軍乱(壬午事変)起こる。中朝が商民水陸貿易章程を結ぶ
1885年、巨文島事件、露朝密約事件(第一次)
1886年、露朝密約事件(第二次)
1894年、東学党の乱(甲午農民戦争、大院君派と閔妃派の対立が深まる
1894/8/1、日清戦争が勃発(〜1895/4/17)、日清戦争で陸上戦闘の主戦場となる
1895年、日清戦争の講和条約・下関条約成立(’95/4/17)、朝鮮が独立国であることを確認するも
      三国干渉(’95/4/23)が起り、親露派の閔妃が台頭
1895/10/8、乙未事変(いつびじへん)で親露反日政策の朝鮮国・明成皇后の閔妃が暗殺される
1896/2/11、露館播遷(〜97/2/20)、第26代王・高宗がロシア公使館で朝鮮王朝の執政をとる

1897年〜1910年、大韓帝国(日本の保護国の時期 1905-1910)時代
1897年、日清戦争(1894-1895)の清の敗北を受けて締結された下関条約により、
      朝鮮は清の冊封体制から離脱し、朝鮮国から大韓帝国と国号を改める
1904/2/6、大日本帝国とロシア帝国の間で日露戦争が勃発(〜1905/9/5)、
      朝鮮半島と満州(中国東北部)南部が主戦場なる
1904/8/23、第一次日韓協約を結ぶ
1905/7、高宗のロシア帝国への密使が発覚
1905/7/29、桂・タフト協定
      韓国には日本が、フィリピンにはアメリカ合衆国が影響力を持つと、相互に認める
1905/11/17、第二次日韓協約で大韓帝国は外交権を失い、日本の保護国となる
1906年、大日本帝国が韓国統監府設置
1907年、国債報償運動、ハーグ密使事件
      高宗が退位し純宗が即位、
      第三次日韓協約で内政権が日本の管轄下に入り、韓国軍の解散を定める
1909年、韓国統監府初代統監伊藤博文がハルビン駅にて安重根により暗殺される
      朝鮮と清の国境が定まる(間島協約)、

1910年〜1945年、大日本帝国の統治時代
1910年、日韓併合条約で大日本帝国が併合、京城に朝鮮総督府を設置
1919年、三・一独立運動
      大韓民国臨時政府が三・一独立運動後に中国の上海で設立、
      1940年、大韓民国臨時政府が重慶に移転し、韓国光復軍が創設される
1920年、満州東部の間島で独立軍(朝鮮)の抗日武装闘争が激化
1937/10/2、大日本帝国が「皇国臣民ノ誓詞」を発布
1941/12/8、大日本帝国がアメリカ合衆国に宣戦布告、太平洋戦争勃発
1944年、朝鮮徴兵令施行
1945/8/08、ソビエト連邦が日本に宣戦布告、ソビエト連邦軍が朝鮮半島東北部に侵攻
1945/8/14、北緯38度線で朝鮮を分割し、日本軍を分割武装解除することを内容とする
      「一般命令第一号」を、トルーマン米大統領がソビエト連邦に通告、同意をうける
1945/8/15、大日本帝国降伏(9/2:第2次世界大戦終結)、日本の植民地支配終了

1945/8/15〜1948年、連合軍軍政期の時代
1945/8/15、第2次大戦後、連合軍の管轄になり、
      北緯38度線以北をソビエト連邦軍が管轄、北緯38度以南は米軍が管轄
1945/9/06、南側で呂運亨らによって結成された「朝鮮建国準備委員会」が
      「朝鮮人民共和国」樹立を宣言
1945/9/08、連合軍(ホッジ中将の米第24軍団)第一陣が仁川に上陸
1945/9/09、朝鮮総督府が降伏文書に調印
1945/9/11、アメリカが在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政(庁)を宣言
1945/10月、アメリカが「朝鮮人民共和国」および「朝鮮建国準備委員会」の承認を拒否
1945/10月、北朝鮮共産党臨時人民委員会樹立
1945/12月、モスクワ三国外相会議、最高5年間は朝鮮を信託統治することを決定
1947/02月、北朝鮮人民委員会樹立

1948〜1960年、大韓民国(李承晩政権(第一共和国)初代-第3代韓国大統領)の時代
1948/4/03、済州島四・三事件が起こり、多数の済州島民が日本に密入国
1948/8/13、李承晩(イ・スンマン)が初代韓国大統領に就任し大韓民国を樹立
1948/8/15、米国が南側で「大韓民国」を成立(1945/9/8〜軍政終了)
1948/9/9、ソビエト連邦が北側で「朝鮮民主主義人民共和国」(北朝鮮)樹立宣言
1950/6/25、北朝鮮の朝鮮人民軍が北緯38度線を南侵して朝鮮戦争が勃発
1950/06月、李承晩政権・朝鮮戦争で敗走していた韓国軍が反政府者を大量虐殺した事件の
        「保導連盟事件」発生で35万人死亡
1950/6/27、アメリカが韓国に対する武力支援に踏み切り、空軍は28日より本格的に戦闘加入、
        29日にはアメリカ海軍の巡洋艦による対地砲撃開始
1950/6/28、ソウルの陥落
1950/6/29、マッカーサーが”水原”に飛来し自動車で前線を視察
1950/7/07、米軍を中心の国連軍(16ヵ国)が参戦するも、大田攻防戦で歴史的大敗を喫し、
        釜山橋頭堡で抵抗、北朝鮮軍は停止し、民間人を大量虐殺
1950/9/15、国連軍が仁川上陸作戦で敵前上陸に成功、
1950/9/28、国連軍がソウルを奪回
1950/10月、中国共産党の義勇軍・中国人民志願軍が参戦し人海戦術で国連軍を圧倒
1951/01月、韓国国民防衛軍司令部幹部達が軍事物資や兵糧米を不正処分した事件が起こる
1951/12/5、中朝軍が平壌を奪回
1951/01/4、中朝軍がソウルを再度奪回
1951/3/14、国連軍がソウルを再奪回、戦況は38度線付近で膠着状態
1951/4/11、米国トルーマン大統領により、国連軍総司令官マッカーサー元帥が解任され帰国
1951/07月、停戦会談を実施
1952年、李承晩ラインの制定(参考:竹島問題
1953/1/20、ドワイト・アイゼンハワが第34代米国大統領となる(〜1961/1/20)
1953/3/05、ヨシフ・スターリンが死去
1953/7/27、板門店で停戦協定を調印、現在の軍事境界線が敷かれ、朝鮮戦争が停戦
1958/10/26、中国義勇軍が北朝鮮内から完全撤収
1960年、四月革命で李承晩(第一共和国)政権崩壊

1960〜1963年、大韓民国(尹ボ善(ユン・ボソン)政権(第二共和国)第四代大統領)の時代
1960/7/29、第5代総選挙、民主党が圧勝
1960/8/12、民議院・参議院の合同会議で民主党旧派の尹?善が大統領に選出される
1961年、朴正煕がクーデターにより政権を奪取(軍政)国家再建最高会議

1963〜1979年、大韓民国(国家再建最高会議・軍政、第三・第四共和国、朴正煕政権)時代
1963年、朴正煕(パク・チョンヒ)が大統領に就任、朴正煕政権(第5〜9代大統領:1963-79)
1964/09、先遣隊500がヴェトナムへ「派遣」される
1965/10、猛虎師団15,000がヴェトナムに上陸
1965年、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約を締結
1965年、ベトナム戦争にアメリカ合衆国と共に参戦
1965年、人民革命党事件(第一次)が発生
1968/01/21、青瓦台襲撃未遂事件
1972/2/17 - ニクソン米大統領訪中
1972/07/04、北朝鮮と同時に南北共同声明(七・四共同声明)を発表
1972/10/17、維新体制を構築(第四共和国)
1973/08/08、金大中事件、KCIAが東京都千代田区ホテルグランドパレス2212号室から拉致、
      ソウルで軟禁状態後、5日後にソウル市内の自宅前で発見された
1973年、韓国軍がヴェトナムから撤退
1974/4、民青学連事件が発生(捏造?ねつぞう)、大韓民国維新政権が発した緊急措置により
      韓国中央情報部(KCIA)に拘束された180人が非常軍法会議に起訴された事件
1977/03/10、カーター米大統領、在韓米軍の撤退発表
1978/04/20、大韓航空機銃撃事件、ソ連軍機に銃撃され不時着に成功、乗客15人が死傷
1978/07/06、統一主体国民会議、朴正熙を第9代大統領に選出
1979/02/10、カーター米大統領、在韓米軍撤退中止を発表
1979/10/26、朴正煕大統領が側近のKCIA長官の金載圭に暗殺される

1979〜1980、大韓民国(崔圭夏政権)第十代大統領)の時代
1979/12/06、統一主体国民会議、崔圭夏(チェ・ギュハ)を大統領に選出
1979/12/12、粛軍クーデター、”全斗煥”保安司令官実権掌握

1980〜1988、大韓民国(全斗煥政権(第五共和国)第十一・十二代大統領)時代
1980/5/18〜27、光州事件、全羅南道光州市で
      民主化を求める活動家・学生・市民が韓国軍と衝突し多数の死傷者を出す
1980/08/27、統一主体国民会議、全斗煥(チョン・ドゥファン)を大統領に選出
1983/01/11、中曽根康弘首相、現職首相として初めて韓国訪問
1983/09/01、大韓航空機撃墜事件、ソ連軍機に撃墜され乗員乗客269人全員死亡
1980/05/01、光州事件(韓国では光州事態→光州民主化運動)
1983/10/09、ラングーン事件、北朝鮮工作員がビルマで全斗煥大統領を暗殺未遂
1984年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が韓国を訪問
1984/09/06、全斗煥大統領、韓国元首として初めて日本を公式訪問
1985年、釜山地下鉄が初開通
1987/6/29、六・二九民主化宣言、韓国の盧泰愚大統領候補が発表、
     ソウルオリンピックの成功裡終了を条件とした大統領直接選挙制の受け入れと、
     反体制政治家・金大中の赦免・復権を骨子とした政治宣言
1987/12/16、16年ぶりの大統領直接選挙で民主正義党大統領候補の盧泰愚が当選
1988/2/22、国内初のAIDS患者発見を発表

1988〜1993年、大韓民国(盧泰愚政権(第六共和国)第十三代大統領)時代
1988/2/25、盧泰愚(ノ・テウ)、大統領就任
1988/9/16、ソウル五輪開催
1991年、国際連合に北朝鮮と同時加盟

1993〜1998、大韓民国(金泳三政権(文民政府)第十四代大統領)時代
1993/2/25、金泳三(キム・ヨンサム)、大統領に就任
1993年、北朝鮮の核兵器開発疑惑が表面化、北朝鮮は核拡散防止条約(NPT)脱退宣言
1994/06、核危機が発生、米朝間の緊張感が高まり戦争ぼっ発の可能性が出るも、
      米国の対北戦争を水際で回避
1994/10、アメリカと北朝鮮の交渉でジュネーブ合意が締結され、問題は一段落
1995年、全斗煥、盧泰愚の2人を光州事件などに関して訴追
1997年7月、タイからアジア各国の急激な通貨下落が始まり、タイ、インドネシア、韓国はその経済に大打撃を受け、マレーシア、フィリピン、香港はある程度の打撃を被り、中国と台湾は直接の影響はなかった、「アジア通貨危機」発生

1998〜2003、大韓民国(金大中政権(国民の政府)第十五代大統領)時代
1998/2/25、金大中(キム・デジュン)、第15代大統領に就任、太陽政策(北朝鮮宥和政策)を開始
2002年、日本大衆文化開放を開始
2000/6/15、金正日と金大中の初の南北首脳会談、「南北共同宣言」署名
2002年、日韓共催サッカーワールドカップ

2003〜2008、大韓民国(盧武鉉政権(参与政府)第十六代大統領)時代
2003/2/25、盧武鉉(ノ・ムヒョン)、第16代大統領に就任
2004/3/12、国会が盧武鉉大統領に対する弾劾訴追を可決、高建が大統領職務を代行
2004/4/15、第17代国会議員総選挙でウリ党圧勝、国民、弾劾拒否の意思を示す
2004/5/14、憲法裁判所、弾劾訴追を棄却、盧武鉉が大統領職に復帰
2007/12/19、大統領選挙、ハンナラ党の李明博候補が大差をで勝利、
         10年ぶりに保守勢力が政権を奪回

2008〜、大韓民国(李明博政権(実用政府)第十七代大統領)時代
2008/2/25、李明博(イ・ミョンパク)、大韓民国大統領に就任

こちらで世界遺産の
城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)
をお楽しみください。

参考:〜
・金日成
 (Kim Il-sung、キム・イルソン、1912/4/15-1994/7/8)

1931年、金日成が中国共産党に入党
1932/4月、抗日武装闘争を開始(東北抗日聯軍で朝鮮人パルチザン部隊を率いる)
1937/6/4、金日成部隊(東北抗日聯軍第一路軍第二軍第六師)の「普天堡の戦い」
      金日成部隊が朝鮮咸鏡南道の普天堡(ポチョンボ)の町に夜襲をかけた戦い
1940年8月頃、金日成がソ連に越境、1940/12月のハバロフスク会議を経て、
      金日成(第一大隊長(階級は大尉)部隊がソ連極東軍第88特別旅団となる
1942/2/16、金 正日(Kim Jong-il、キム・ジョンイル)誕生
1945/8月、ソ連軍が北緯38度線以北の朝鮮半島北部を占領
1945/9/19、金日成がウラジオストクから元山港に帰国

・朝鮮戦争
 (Korean War、1950/6/25〜1953/7/27)

・連合国:〜李承晩、米国大統領トルーマン、連合国軍総司令官ダグラス・マッカーサー
大韓民国、アメリカ合衆国、イギリス、フランス共和国、カナダ、オランダ王国、ベルギー王国、ルクセンブルク大公国、ギリシア王国、オーストラリア連邦、ニュージーランド、トルコ共和国、タイ王国、フィリピン共和国、コロンビア共和国、エチオピア帝国、南アフリカ連邦、日本(掃海活動etc)
・北朝鮮:〜金日成、毛沢東、彭徳懐(ほうとくかい、国務院副総理兼国防部長)
朝鮮民主主義人民共和国、中華人民共和国(中国人民志願軍)

・ヴェトナム戦争
 (Vietnam War、1959〜1975/4/30)

・南ベトナム、アメリカ合衆国、大韓民国、オーストラリア、フィリピン、タイ、ニュージーランド、
 クメール共和国(カンボジア)、ラオス王国
・北ベトナム、南ベトナム解放民族戦線、民主カンボジア、パテート・ラーオ、
 ソビエト連邦、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国

参考HP:〜
476年頃の朝鮮半島の地図
  高句麗(Goguryeo:BC37年頃-668)、
  百済(Baekje:346-660)、
  新羅(Silla:356-935)
  耽羅國(たんら:Tamnaは済州島に古代から中世にかけて存在した王国
  竹嶼(チュクソ、竹島:チュクト、Usan-do)鬱陵島の東約2.2kmに有、南北約700m細長い島で、
    韓国の最東端(韓国では竹島を最東端)日本の「竹島」とは別の島
  倭国(Wa)紀元前後頃から7世紀末頃にかけての日本列島の倭国
  宋 (そう、Liu Song:南朝 Southern Dynasties、420-479)
  北魏(ほくぎ、Northern Wei:Northern Dynasties、386-534)
  扶余(ふよ、Buyeo:BC238-494)満洲に存在した民族の一つの王国
  粛慎(しゅくしん、Sushen:Yilou BC2世紀-494)
    満州(中国東北地方からロシア・沿海地方地方)に住んだツングース系民族の王国
  契丹(きったん、Khitan:10世紀初頭-1125)満州から中央アジアに存在した遊牧民族の王国
  柔然(じゅうぜん、Rouran:5世紀から6世紀)モンゴル高原のモンゴル系遊牧民の王国

三国時代の地図:5世紀終り頃の朝鮮半島の地図

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。         08/12/30

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