India

国連 1984 発行
切手で綴る ポルトガルのインド攻略(Z
コーチン
Cochin


大航海物語

  地図編

コーチン
1635、ペドロ・バレットの古地図
Pedro Barreto de Resende (?-1651)

ポルトガル領インド 1956/3/24  発行

コーチン
  Cochin
コーチンは、現コーチ(Kochi)でインド南部のケーララ州(Kerala)にあり、南インドの重要な貿易港がある都市。人口:160万人。コーチンは1503〜1663年の間、ポルトガルによって占領され、当初はインド支配におけるポルトガルの拠点でしたが、後にゴアへ拠点が移りました。その後、オランダ、マイソール王国、イギリスなどの支配を受け、1947年にインドがイギリスから独立すると、インドへ返還されました。その他のポルトガル領インドは、返還が遅れ、インド義勇軍の武力進攻の後に、1961年にインドへ完全に併合されました。

1498年、ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマがインド(カリカット)到達に成功
1500年、ポルトガルのカブラルがカリカット(Calicut、現コージコート:Kozhikode)から到達
1502年、ヴァスコ・ダ・ガマが貿易拠点をコーチンに建設
1503年、アファンソ・デ・アルプケルケ将軍が占領し城塞コーチン砦(Fort Kochin)を建設
      第1次コーチン包囲攻撃の戦いが勃発、ポルトガルがザモリン軍に勝利
1504年、ペレイラ船長がカリカット王国の5ヵ月の攻撃に耐え抜き貿易拠点の商館を建設
1505年、ドン・フランシスコ・デ・アルメイダ提督が初代インド副王としてインドに到着
      アルメイダ提督がコーチン砦を改築、25才のマゼランが従軍
1509年、アルプケルケ将軍が初代インド総督としてインドに到着
1515年、ルポ・デ・アルベリガリアが第2代インド総督としてインドのコーチンに到着
1524年、ヴァスコ・ダ・ガマが第2代インド副王としてコーチンに到着、
      同年ヴァスコ・ダ・ガマがマラリアで亡くなり、
      コーチン市の聖フランシスコ教会(St. Francis Church)に葬られる
1529年、ヌーノ・ダ・クーニャが第7代インド総督としてコーチンに着任
1530年、ポルトガル領インドの首都がコーチンからゴアに移転
      ポルトガルのザビエルがコーチンに来てキリスト教を布教
1538年、ガルシア・デ・ノローニャが第3代インド副王としてゴアに着任し、
      コーチンにいたヌーノ・ダ・クーニャ前総督をポルトガルに強制送還する
1609年、ジョアン・ダ・ノーヴァ船長がコーチンで亡くなる
1662年、第2次コーチン包囲攻撃の戦いが勃発、ポルトガルが敗戦、撤退
1663年、オランダが占領(-1773)、
      ポルトガルのコーチン植民地支配が終る
1773年、マイソール王国(Kingdom of Mysore)が占領
1814年、イギリスが占領(-1947)
1945年、大日本帝国無条件降伏第2次世界大戦終結
1947年、インドがイギリスから独立、
      コーチンはイギリスからインド政府に返還され、
      イギリスの植民地支配が終る

参考HP:〜
 ・コーチンの場所地図(日本語)
 ・コーチンの場所地図
 ・コーチンの地図
 ・インドの地図
 ・インドの地図(日本語)
 ・インド植民地の地図

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。    10/10/11

スタンプ・メイツ
Copyright(C):Nicky
無断転載禁止