Mozambique

国連 2018 発行
 切手で綴るアフリカ大陸一周航海シリーズ No.22
モザンピーク共和国
Republic of Mozambique

大航海物語
  地図編

REPUBLICA PORTUGUESA
MOCANBIGUE
モザンピークの地図

ポルトガル領モザンピーク 1954/10/15 発行 (200%)

→ナカラ
モザンビーグ島



→ケリマネ

→ベイラ







マプト







MOCANBIGUE
ロレンソマルケス港(現マプト)

1887 マプト100年記念 1987
モザンピーク 1987/11/10 発行

モザンピークの地図

ポルトガル領モザンピーク 1954/10/15 発行
ロレンソマルケス港
(現マプト)


ポルトガル領モザンピーク 1963/5/5 発行
モザンピークの航空路の地図

DETA航空25年記念
ポルトガル領モザンピーク 1962/10/15 発行
モザンビーグ島古地図、1572

1569 カモンイス訪問400年 1969
ポルトガル領モザンピーク 1969/6/10 発行
モザンビーグ島、1572

1572 ウス・ルジ−アダス400年 1972
ポルトガル領モザンビーク 1972/5/25 発行

MOCANBIQUE
イソモンガラ (フグ)

Spotted Triggaerfish
モザンピーク 1951 発行

Companhira de Mocambique
現地人と村落

モザンピーク会社 1918 発行
テテ州のドナ・アナ鉄橋

モザンピーク会社 1937/5/16 発行
モザンビークのベイラ鉄道

モザンピーク会社 1918 発行

モザンピーク
 Republic of Mozambique

  旧名:ポルトガル領東アフリカ
       (Portuguese East African)
       ポルトガル語諸国共同体の加盟国(CPLP)
        (Community of Portuguese Language Countries)
面積:80.2万ku(日本の約2.1倍)、人口:2,137万人(2007)、2,886万人(2017)、首都:マプト(人口107万人、2005)、民族:マクア・ロムウェ族など43部族、言語:ポルトガル語、宗教:キリスト教(41%)、イスラム教(17.8%)、原始宗教。GDP:約3,738億ドル(2017)、1番切手:1877年発行。モザンピークの歴史は11世紀から19世紀の部族連合国の王の称号からアラブ人の商人が通称の「モノモタパ王国」にさかのぼり、アラブ商人と香辛料、象牙、金などや中国の陶磁器やインドの綿製品などの交易を行っていました。

・モザンビーク略史:〜
1489、ポルトガル人到達
1498、ポルトガルヴァスコ・ダ・ガマ船長が喜望峰を越えてインドへの航海の途上に到達
    パウロ・ダ・ガマ船長がガマの艦隊でインドへの航海の途上にサン・ラファエル号で寄港
1500、ペドロ・アルバレス・カブラル船長がインドへの航海の途上に寄港
1501、ジョアン・ダ・ノーヴァ船長が第3次インド遠征艦隊を指揮して寄港
1502、ヴァスコ・ダ・ガマが2回目のインドへの航海の途上に寄航して交易拠点を建設
1503、アルベリガリア船長が第7次インド遠征艦隊を指揮して寄港
1505、アルメイダ提督が第7次インド遠征艦隊を指揮して寄港
    アルメイダ艦隊でインドへの航海の途上にマゼラン船長が寄港
1506、アルブケルケ将軍がインドへの航海の途上に寄港
1528、ヌーノ・ダ・クーニャ船長がインドへの航海の途上に海賊を平定
1537、ポルトガルのメンデス・ピントがインドへの航海の途上に寄航
1541、聖フランシスコ・ザビエルがインドへの航海の途上に寄港
1544、ポルトガルの貿易商人ロレンソ・マルケスが現在のマプトに貿易基地を建設
1567、ルイス・ヴァス・デ・カモンイスがインドのゴアから渡来
1586年末、天正遣欧少年使節一行が日本への帰途に天候待ちでモザンビーク島に滞在
1629、ポルトガルの支配権確立
1891、イギリス・フランス資本のモザンビーク会社(Mozambique Company、2月-1942/6)、
    ニアッサ会社(Niassa Company、-1929)、サンベシ会社(Zambezi Company)設立
1900、反ポルトガル蜂起続発
1907、ロウレンソ・マルケスがモザンビーク植民地の首都となる
1962、モザンビーク解放戦線(FRELIMO,現政府の母体)結成
1964/9月、FRELIMOが武装闘争を開始
1974、ポルトガル本国でカーネーション革命、海外植民地放棄を宣言
1975/6/25、完全独立(マシェル初代大統領)、内戦勃発(1975-1992)
1983/5/01、新国旗が制定される
1986/10/19、マシェル大統領死去、シサノ大統領就任(11/6)
1992/10/04、モザンビーク包括和平協定署名
1994/10月、大統領・国民議会選挙
1994/12月、シサノ大統領就任
1999/12月、大統領・国民議会選挙
旧国旗(1975-1983)

国連 1982 発行
2004/12月、大統領・国民議会選挙
2005/02月、ゲブーザ大統領就任。

第一次産品の生産が主で、鉄鉱石やマンガンなどの鉱産資源も多い。1980年代は内政の失敗に加え、内戦や旱魃などで経済は壊滅状態になりました。内戦終結後も、1999年、2000年と続いて起きた大洪水などの自然災害などで経済は打撃を受けるも、1990年代後半以降から経済が急速に発展しており、毎年6%ほどの経済成長を達成しています。2003年に南アフリカ企業による陸上ガス田が生産開始し、南アと輸出用ガスパイプラインで結ばれるなど、同国からの投資が近年増加。日本向け輸出はエビが多く、三菱商事も出資したアルミ精錬事業のモザール社(主たる出資は南アのBHPビリトン)は、2000年より事業を開始。国内最大級企業であるモザール社は、豪州のアルミナを原料として輸入した上で豊富・安価な電力のもとに精錬の後にアルミニウムとして輸出しており、モザンビークの輸出市場での位置づけは高い。また、北西部のテテ州にあるザンベジ河流域のカボラ・バッサダムの水力発電は、大量の電力を南アに供給しています。

モザンビークの10州 (Province) の区分と州同格の1つの市 (cidade):〜
さらに128の県 (Districts)有。
No.  州 (Provincia) 人(2017) 州都 (Capital)
1 カボ・デルガード Cabo Delgado 2,333,278 ペンバ Pemba 16
2 ガザ Gaza 1,446,654 シャイシャイ Xai-Xai 11
3 イニャンバネ Inhambane 1,271,818 イニャンバネ --- 12
4 マニカ Manica 1,911,237 シモイオ Chimoio 9
5 首都特別市 マプト Maputo City 1,101,170 --- --- 首都
6 マプト Maputo 2,507,098 マトラ Matola 7
7 ナンプラ Nampula 6,102,867 ナンプラ --- 18
8 ニアッサ Niassa 1,865,976 リシンガ Lichinga 15
9 ソファラ Sofala 2,221,803 ベイラ Beira 12
10 テテ Tete 2,764,169 テテ --- 12
11 ザンベジア Zambezia 5,110,787 ケリマネ Quelimane 16

1. カボ・デルガード州
ペンバ市は、1904年ニアッサ会社が建設、
ロヴマ川(Rio Rovuma, 760km)河口付近にデルガド岬(Cabo Delgado)有
2. ガザ州
シャイシャイ市は、旧ヴィラ・デ・ジョアン・ベーロ(Vila de Joao Belo)
アフリカ大陸南部を流れインド洋に注ぐリンポポ河(Limpopo River, 1,600km)有
3. イニャンバネ州
イニャンバネには、1498年ダ・ガマ船長が寄港、1505年アルメイダ提督が寄港するも船が座礁
西の州境にリンポポ河へ合流するチャンガネ川 (Changane River, 170km)有
4. マニカ州
州は西部の高原地帯に有って、ジンバブエとの国境に標高2,595mのイニャンガニ山が有、ジンバブエの首都ハラレとベイラ港との中間にあたり、鉄道及び道路が横断
5. 首都特別市 マプト
マプト市(Maputo Cidade)は旧ロレンソ・マルケスで、
1544年にロレンソ・マルケス(Lourenco Marques)が建設。
6. マプト州
州は南端で最小、旧称ロウレンソ・マルケス州、植民地時代のマプト市は単独で州を構成
南部にはマプト川(Maputo River, 300km)がマプト湾に注ぐ
7. ナンプラ州
ナンプラ市はマプトとベイラに次ぐ第3の北部の中心都市で、標高415mの高原上にあり、海岸にあるモザンビーク島と内陸のマラウィのブランタイヤを結ぶ鉄道が通って、農産物・畜産物の集散地。州には北にルリオ川(620km)、南西にリゴンハ川(rio Ligonha)、モザンビーク島が有
8. ニアッサ州
リシンガ市は、1931年ヴィラ・カブラル(Vila Cabral)の建設、旧名:ヴィラ・カブラル市で、約1,300mの高原にあって南部のナンプラ州平原からマラウイに繋がる鉄道沿いに交通の要衝クアンバが有、クアンバからリシンガへも鉄道があるも、現在は使われていない
州の北西がマラウイ湖(ニアサ湖)に面しており、隣接するマラウイ湖の水域はモザンビーク領で、チズムル島及びリコマ島はマラウイ領
9. ソファラ州
ベイラ市はモザンビーク海峡に面するモザンビーク第2の港湾都市
1891年にポルトガルのモザンビーク会社の所在地として建設
10. テテ州
テテ市にはザンベジ河に架かる1km橋(鉄橋)が有、ザンベジ河にアフリカ2番目で世界5番目に大きいカオラ・バッサ・ダム水力発電所が有
11. ザンベジア州
ケリマネ市は、1498年にダ・ガマ船長が名付けた中部の港湾都市で、グッド・サイト川(Rio dos Bons Sinais=River of the Good Signs)が有。北部のヴィラデセナとムタララ間に架かるザンベジ河ドナアナ鉄橋(3,670m, 1934)が有。
サイザルアサ(Sisal、学名:Agave sisalana)のプランテーション有。

モザンビークはマダガスカル島と、モザンビーク海峡を挟んで向かい合う。気候は熱帯雨林気候とサバナ気候 に分かれるが、首都のマプトがある南部は冬季は平均気温が20度以下まで下がり、5月から9月までは比較的しのぎやすい。

ロレンソ・マルケス港
 (Port of Lourenco Marques), 1976迄
 現マプト州マプト(首都)
 (Maputo city, Maputo Province, Mozambique)
マプトはモザンビークの首都。同国の南端に有って単独で州を構成。天然の良港で、モザンビーク最大の近代的な港湾都市。植民地時代のポルトガル風建物も多く有。人口 1,101,170人(2017)。
現首都マプト市は、1975年にモザンビークがポルトガルから独立するまで、
ロレンソマルケス(マプト)
1544年に最初に探検したポルトガルの貿易商人ロレンソ・マルケス(Lourenco Marques,生没年未詳)の名に因みロウレンソ・マルケスと呼ばれていました。植民地時代、同市にはポルトガル領東アフリカの総督府が設置されており、また同市が属する州(植民地が六つの州で形成されていた)もロウレンソ・マルケス州と呼ばれていました。インド洋に望む港町で、マプト川(Maputo river)がマプト湾(Maputo bay:奥行き95km、幅30km)の南端で海に注ぎ、マプトはマプト湾の西側のテンベ川(Tembe river)の河口に有。

マプトの略史:〜
1544、貿易商人ロレンソ・マルケスがマプト湾一帯を探検、貿易基地を建設
1782、ポルトガルがロレンソ・マルケス砦を建設
1895、南アフリカのプレトリアと結ぶ鉄道が開通
1907、モザンビーク植民地(1498-1975)の首都がモザンビーグ島からロレンソ・マルケスに遷都
1976、独立後に名前は現在のマプトに改称される(1976/2/3)。

マプトは計画都市で街路は直交して道幅は広いも、独立(1975)の過程でポルトガル人に放棄されたので、地方の部族の村から直接に出てきた住民に占拠されることがよくあり、その住民は近代的な都市生活に満足せず、占拠した家を破壊。激しい内戦(1975-1992)で破壊の度合いはさらに酷くなり、2004年頃まで、都市は大きな損害を受けたままでした。その後、修復と復興が開始され、古い建物の修復よりも新たな建物が、勃興しつつある中産階級によって建てられています。しかし公共サービスは依然として信頼性がなく、不安定な状態です。

<モザンビークの世界遺産>文化遺産が1件有
モザンビーク島
 (Island of Mozambique, 1991登録)、ナンプーラ州
モザンビーク島は、モザンビーク北部のモザンビーク海峡とモスリル湾の間にある島で、約14000人が居住。かつてポルトガルの植民地だったときにはモザンビークの中心的な都市。ユネスコの世界遺産に登録された文化遺産で、ずっと前から、ここはアラブ人の港であり、造船所でもあった。
1498、バスコ・ダ・ガマが到達
1507、ポルトガルが港と海軍拠点を建設
1522、南半球における現存最古のヨーロッパ建築と見なされているノサ・セニョラ・デ・バルアルテ礼拝堂をポルトガルが建設。
モザンビーグ島
16世紀にサン・セバスティアン要塞が建設され、ポルトガルの植民都市モザンビークはポルトガル領東アフリカの首都となり、この島はキリスト教の重要な伝道拠点にもなった。
1586末、天正遣欧少年使節一行が日本への帰途天候待ちのため滞在
1607、オランダが侵攻するも撃退
1608、オランダが再度侵攻するも撃退、インド航路の重要拠点を持続、
    黒人奴隷、金、香辛料などの交易が行われる
1869、スエズ運河の開通によって、島は衰退に向かう
1898、首都がモザンビーク本土のロレンソ・マルケス(現マプト)に移転。(年:諸説有)

<モザンビークの鉄道>:〜
モザンビークの鉄道は17年もの内戦(1977/5/30-1992/10/4)で、
破壊寸断され、復旧に中国資本の援助あるもはかどらず(詳細不明)。
モザンビークの鉄道

モザンピーク 2018 発行
@ナカラ路線 ナカラ 〜 ムシンジ(マラウィ
Aザンベジ路線 ケリマネ 〜 テテ
Bベイラ(中央)路線 ベイラ 〜 テテ 〜 マンカクェ(マラウィ)
C南部路線 シクアラクアラ 〜 マプト
Dマプト路線 マプト 〜 プレトリア(南アフリカ

参考:〜
・ザンベジ河
 Zambezi River
、2,750km
ザンベジ河はアフリカ南部を流れインド洋に注ぐ河川で、全長2,750km。ザンビアアンゴラ国内に源を発し、ザンビアとジンバブエ国境を流れ、モザンビークに入りインド洋のモザンビーク海峡に注ぐ。途中には世界三大瀑布の一つのヴィクトリア瀑布や、ほかにチャヴマ滝(Chavuma)、ンゴニェ滝(Ngonye)もある。主な支流はカフェ川、ルアングワ川、およびマラウイ湖を水源とするシーレ川などがある。
ザンベジ河にはチニンギ(Chinyingi)、ヴィクトリア滝(ヴィクトリアフォールズ橋)、チルンドゥ(Chirundu)、テテ市のサンベジ鉄道の鉄橋(1km)の4ヵ所にしか橋が架かっていなかった。流域には水力発電所が2つある。一つはカリバダム(Kariba Dam)でザンビアとジンバブエに、もう一つはモザンビークのカボラバッサダムで南アフリカに電力を供給している。カリバダムによってせき止められて出来たダム湖であるカリバ湖(Kariba)は、世界最大の人造湖。
ザンベジ河

中流にあるカリバ峡谷
カリバ・ダム(Kariba Dam)
ローデシア・ニャッサランド1960/5/17発行

<ザンベジ河に架かる橋>
@カゾンボ道路橋
  (Cazombo road bridge, Angola)
  アンゴラ内戦で爆破されたまま復旧していない
Aチニンギ歩道吊橋
  (Chinyingi suspension footbridge), 300m
   ザンビア北西州ザンベジ市近郷(Zambezi town)
BルボシイムウィコII世道路鉄橋
  (Lubosi Imwiko II Bridge)、1,005m、中国援助(2011-2016)
   ザンビア西部州々都モング(Mongu)〜西部州カラボ
   (バロッツェ氾濫原高速道路(Barotse Floodplain highway)、38.5km)
Cシオマ道路橋
   (Sioma Bridge)、260m、2016
    ザンビア西部州ンゴニエ滝(Ngonye Falls、10-25m)近郷
    セシェケ〜セナンガ道路(Sesheke - Senanga road)の一部
Dカチマ・ムリロ道路橋
   (Katima Mulilo road bridge)、900m、2004
    ザンビア西部州セシェケ〜ナンビア
    カプリビ高速道路(Trans-Caprivi Highway)、ザンビアのルサカ〜大西洋沿岸ウォリスベイ
Eカズングラ道路橋
   (Kazungula Bridge)、250m、1905/4、(再建 2007/8)
    カズングラ・フェリー(Kazungula Ferry)が川幅430に就航していた
Fヴィクトリア滝(ヴィクトリアフォールズ橋)、道路鉄道併用橋
   (Victoria Falls Bridge)、250m、1905/4
Gカリバダム(道路道)
   (Kariba Dam)、高さ:128m、幅:579m、1955-1959
    ダムはザンビアのカリバ峡谷(Kariba Gorge)にあってジンバブエとの国境
    カリバ・シアボンガ高速道路(Kariba/Siavonga highway)に接続
    高速道路:ザンビア南部州シアボンガ〜ジンバブエ西マショナランド州カリバ
Hチルンド道路橋
   (Chirundu、Otto Beit Bridge)、382m、1939
   ザンビア側の町チルンドからジンバブエにまたがる
I第2チルンド道路橋
   (Second Chirundu Bridge)、400m、日本援助:2002
Jカオラ・バッサ・ダム道路橋(高さ:171m)、モザンビークのテテ州
    (Cahora Bassa Dam road, Tete Province, 1974)
Kテテ市サンベジ鉄道の鉄橋(吊橋)
   (Tete Suspension Bridge)、1,000km、1970
Lドナ・アナ鉄橋、ソファラ州
    (Dona Ana Bridge, 3,670m、1935
    川東岸のビラ・デ・セナ(Vila de Sena) 〜 川北岸のムタララ(Mutarara, Mozambique)
Mカイラ道路橋
    (Caia Bridge)、2,300m、2007
    川最大距離のカイラ・フェリー(Caia ferry)が就航していた
    カイラ(Caia, Mozambiqu)〜カズングラ(Kazungula, Zambia)
    カズングラはザンビア、ボツワナナミビア、ジンバブエ、4国境が非常に近接する地点の町

<モザンビークのザンベジ河に架かる橋>:〜?ヵ所
・カオラ・バッサ・ダム道路橋(高さ:171m)、テテ州
  (Cahora Bassa Dam road, Tete Province, 1974)
カオラ・バッサ・ダムは、ザンベジ河の3つの主要なダムの内の1つで、南部アフリカ最大の水力発電所であり、南アフリカへも送電。他にカリバダムとザンベジ河支流のカフェ川(Kafue River, 1,600km)のイテジ=テジ・ダム(Itezhi-Tezhi, Zambia)有。

・サモラ・マシェル道路橋、テテ州
  (Samora Machel Bridge, 760m, Tete 〜 Moatize, 1973)
ドナ・アナ鉄橋

モザンビーク鉄道の鉄橋
サモラ・マシェル橋は、モザンビーク初代大統領サモラ・マシェル(在任1975-1986)に因んで名付けられ、テテ州々都テテとモアティーズを結び、ジンバブエとマラウイへの道路も結ぶ。

・カッスエンデ道路橋、テテ州
  (Kassuende Bridge, 715m, Benga 〜 Tete, 2014)
カッスエンデ橋は、サモラ・マシェル橋の約6km下流に有って、テテを通過せずにマラウイとジンバブエの間を移動でき、サモラ・マシェル橋の交通量が減少。

ドナ・アナ鉄橋、ソファラ州
  (Dona Ana Bridge, 3,670m, Vila de Sena 〜 Mutarara, 1935)
モザンビーク北部のヴィラデセナとムタララ間を結び、モザンビークのムワティゼ駅(Moatize)とマラウイの石炭を港へ輸送するための鉄道橋として建設。

・アルマンド・ゲブーザ道路橋、ソファラ州〜ザンベジア州
  (Armando Emilio Guebuza Bridge, 2,376m, Caia 〜 Chimuara、2009)
アルマンド・ゲブーザ橋は、モザンビーク第3代大統領アーマンド・ゲブーザ(Armando Guebuza、在任2005-2015)に因んで名付けられ、ソファラ州カイアとザンベジア州シムアラを結ぶ。

・参考HP:〜
 モザンビークの地図
 モザンビークの地図 (拡大付)
 モザンビークの地図 (Google)
 モザンビークの場所地図
 モザンビークの鉄道地図
 モザンビーク鉄道の東西線の地図 (Port-Nacala railway)
 マプト湾鉄道の地図 (NZASM Railway:マプト湾鉄道も有)・マプト〜プレトリア
 モザンビークの地図 (pdf:UNHCR Altas Map (2005):鉄道網有)
 モザンビークの地図 (pdf:UN Map:鉄道有)
 南アフリカの地図 (pdf:UN Map:鉄道有)
 モザンビークの州区分地図
 ナンプーラ州の地図
 ソファラ州の地図
 マプト州の地図
 マプト湾の地図
 モザンビーク島 (世界遺産)
 ザンベジ川の地図(カリバ・ダム湖有)
 ザンベジ川の流域地図(国境有)

こちらで
モザンビークの鉄道
ザンビアの鉄道
タンザニアの鉄道
ドラケンスバーグの岩絵 (世界遺産)
スパイス (香辛料)
ヌビア遺跡 (エジプト)世界遺産
パルテノン神殿 (ギリシャ)世界遺産
法隆寺 (日本)世界遺産
をお楽しみください。

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。   09/7/30、12/3/23、13/10/25、19/1/20、2019/9/10
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