切手で綴る 冒険大航海 (Adventure Voyage)
★クック物語 第1回
第2回
第3回
United Kingdom

国連 1983 発行
キャップテン・クック
第2回 未知の南方大陸を求めて
1772〜1775
未知の南方大陸 ”テラ・アウストラリス” を求めて探検大航海

大航海物語
  イギリス
  クック編
NIUE
クック船長

ニウエ 1932 発行
ST.HLENA
第2回航海(1772−75)地図

セント・ヘレナ 1999 発行

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クック船長の大航海
 ・初めに:生立ちの記
 ・序 章:全3航海の足跡(航海地図)
第1回探検航海
 ・第1章:第1回航海へ出帆、ホーン岬へ
 ・第2章:タヒチ島(Transit of Venus)
 ・第3章:ニュージーランド探検航海
 ・第4章:オーストラリア探検航海
 ・第5章:グレートバリアリーフで座礁
 ・第6章:バタヴィア、喜望峰、帰国
 ・帆 船:(1)エンデヴァー号
 ・終章:クック船長の年表
第2回探検航海
 ・第7章:第2回航海へ出帆、喜望峰へ
 ・第8章:南極一周探検航海
 ・第9章:太平洋探検航海、トンガ島
 ・第10章:クック諸島
 ・第10-2章:ニュヘブリデス諸島、上陸
 ・第11章:ノーフォーク島
 ・第12章:フェゴ島
 ・第13章:ジョージア島
 ・第14章:喜望峰、セントヘレナ島、帰国
 ・帆  船:(2)レゾリューション号

 ・帆  船:(3)アドヴェンチャー号
第3回探検航海
 ・第15章:第3回航海へ出帆、喜望峰へ
 ・第16章:南極海ケルゲレン島
 ・第17章:太平洋探検航海、クリスマス島
 ・第18章:アイツタキ島
 ・第19章:ハワイ諸島発見
 ・第20章:ヌトカ・サウンド
 ・第21章:北西航路の探検、北極海へ
 ・第22章:ケアラクアに死す!
 ・帆  船:(4)レゾリューション号
 ・帆  船:(5)ディスカヴァリー号

 ・補章:クック船長亡き後の探検航海


第2回探検航海
COOK ISLANDS SAMOA
フアヘイナ島のクック船隊
レゾリ
ュ|シ
ョン号
アドヴ
ェンチ
ャ|号
クック船長
第2回航海でクロノメーター時計を使用
ケンド|ルのクロノメ|タ|



ックの六分儀
ジョン・ハリソンの複製品”H4”時計
クック諸島 1968/9/12 発行 1770 クック船長航海200年記念 1970
サモア 1970/9/14 発行

・キャップテン・クックの第2回探検航海(1772〜1775):〜
クック船長の第1回航海でエンデバー号がグレートバリアリーフで座礁し危うく沈没しかけた教訓から、英国海軍省は次回の探検航海では2隻の船を用意することを決定し、
・レゾリューション号(HMS Resolution、Sloop)と
・アドヴェンチャー号(HMS Adventure、Barque)を
購入することにしました。レゾリューション号は、もとは北海石炭運搬船(North Sea collier)として、ノースヨークシャー州ウィトビーで1770年に進水してグランビー公爵号(Marquis of Granby)という平底船でした。1771/11月に海軍省は同船を£4,151ポンド(現在価格:£416,200:@135=56187千円、@1.5$=$624300、@$1=88.33:2010/3/3)で購入し、スループ型船ドレーク号(HMS Drake、Sloop)として海軍船籍簿に搭載するも、ドレークという名がスペインを刺激することを恐れて、1771/12/25にレゾリューション号(HMS Resolution、Sloop:不屈者号)と改名されました。レゾリューション号は重量462トン、定員112人(民間人20人)で、僚船のアドヴェンチャー号冒険号)は一回り小さく重量298トン、定員81人でした。アドヴェンチャー号の船長にはトバイアス・フルノー海軍大尉が任命されました。

海軍省がもっとも力を入れた船の装備品はクロノメーター時計でした。クック船長は第1回航海では、太陰表を用いて複雑で手間のかかる計算で経度を決定していましたが、精密時計によって正確なグリニッジ標準時が分かれば、時差から経度は決定できるので、海軍省は精密時計のコンテストを開催してジョン・ハリスン(John Harrison 1693-1776)が発明したクロノメーターを選び、天体観測のために天文学者ウィリアム・ウェールズ(William Wales)を同乗させるとともに、ラーカム・ケンドール(Larcum Kendall 1721-1795)とジョン・アーノルド(John Arnold 1736-1799)が作成した4台の複製品(Marine chronometer)を積み込みました。ケンドールのクロノメーターK1は、第2回航海できわめて正確に作動し、クック船長は航海中の「経度」を正確に計算した歴史上最初の船長となりました。そしてクロノメーター時計はイギリス海軍に正式に採用されることになりました。

1772/7/13に両船はプリマス港を出帆。クック船長は両船を率いて前回の探検で見つからなかった、当時その存在を信じられていた未知の南方大陸「テラ・アウストラリス」のさらなる探索を使命として南氷洋を航海し、南極海(南緯60度以南)から、南極圏(南緯66度33分以南)にも3度突入して徹底的に探索し、新発見や再発見の島々を地図上に正確に記録しました。クック船長は第2回航海で、イギリスのジョン・ハリソンによる揺れる船上、温暖の差の激しい航海でも正確な時を刻むクロノメーター時計が「経度」の測定に欠かせないことを実証しました。

1773/1/17に世界最初の南極圏(南緯66度33分以南)一周航海に成功。3度にわたり南極圏を航海して、1774/2/3には南緯71度10分に到達。想像上の南方大陸テラ・アウストラリスの存在を否定しました。そして太平洋の島々を訪れて、1773/9/2にはトンガ島(Friendly Islands)に到達し、1774/3/13にイースター島(Easter Island)、1774/6/16にクック諸島に到達してハーヴェイ島(Hervey Islands)と命名(1777年再度来航)、さらに太平洋を探検し、1974/7/17にニューヘブリデス諸島(New Hebrides、現:ヴァヌアツ:Vanuatu)を発見して名付けました。1774/9/20にニューカレドニア島(New Caledonia)のグランドテール島(Grande Terre)を望見してスコットランドのラテン語読みでニューカレドニア島(New Caledonia、新スコットランド)と名付けました。

▼第2回(1772〜1775)探検航海:〜:レゾリューション号・アドヴェンチャー号
(南極圏を一周航海)
プリマス出帆(1772/7/13)〜マデイラ諸島〜ヴェルデ岬諸島〜ケープタウン〜南極海〜3度の南極圏突入〜ニュージーランド〜イースター島〜マルケサス諸島〜タヒチ島〜トンガ島〜クック島〜ニューヘブリデス諸島〜ニューカレドニア島〜ノーフォーク島〜〜ホーン岬〜フェゴ島〜サウスジョージア島〜サウスサンドウィッチ諸島〜ケープタウン〜セントヘレナ島〜アセンション島〜アゾレス諸島〜スピットヘッド(ポーツマス)に到着(1775/7/30)、イギリスに帰国。

・1772年:〜:
 1〜 3月:第2回探検の準備
 4〜 6月:デプフォード(ロンドン)からプリマスへ移動
 7〜 9月:ケープタウンへ向けて航海
10〜12月:ケープタウンに寄港、南極海へと航海
・1773年:〜:
 1〜 3月:未知の南方大陸を求めて南極海を航海
 4〜 6月:航海の途上にニュージランドへ到達、探検
 7〜 9月:タヒチ島とソシエテ諸島に寄港
10〜12月:トンガ島に寄港し、ニュージランドを再度探検
・1774年:〜:
 1〜 3月:イースター島に寄港
 4〜 6月:マルケサス島、タヒチ島、フアヒナ島、ニウエ島、ノムカ島に寄港
 7〜 9月:ニューヘブリデス島、ニューカレドニア島に寄港
10〜12月:ニュージランド、フェゴ島に寄港
・1775年:〜:
 1〜 3月:サウスジョージア島、ケープタウンに寄港
 4〜 6月:ケープタウン、セントヘレナ島、アセンション島に寄港
 7〜 9月:イギリスに帰港
10〜12月:第2回探検の航海記録を整理。

参考HP〜
 ・太平洋の島々の広域地図(詳細地図)







★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第7章 第2回航海へ出帆
イギリスを出帆
1772/7/13
ケープタウンから南極へ


大航海物語
  クック編★
SOLOMON ISLANDS
キャップテン・クック

ソロモン諸島 1979/1/16 発行
Dominica
クック船長のサイン

ップテン
・ク
ック
1779 クック没後200年記念 1979
ドミニカ 1979/7/15 発行

第2回(1772〜1775)探検航海は、
▼1772年:〜:
06/22、クック船長のレゾリューション号がロンドン近郷シャーネス港Sheerness,Kent)を出帆
07/03、プリマス港(Plymouth)に到着、アドヴェンチャー号トバイアス・フルノー船長と合流
     レゾリューション号に海軍中尉チャールス・クラーク(Charles Clerke)が乗船
     夕刻にサンドウィッチ伯爵(Lord Sandwich)がオーガスタ号(Augusta Yacht)で来船
07/07、ジョン・フォスターと息子のジョージ・フォスターが乗船。
07/10、ウィリアム・ウェールズがレゾリューション号に、ウィリアム・ベイリー(William Bayly)が
     アドヴェンチャー号にクロノメーター時計を持参して乗船。
     ジョン・エリオットとヴァンクーヴァーが14才で最も若い乗組員だった
07/13、合流した両船がイギリス・プリマス湾(Plymouth Sound)を出帆
07/23、スペインのフィニステレ岬(Cape Finistere)沖を航海
07/29、マデイラ諸島のフンシャル港に到着
07/30、砲手助手マラ(John Marra)を「上官に無礼な態度の罪」で鞭打ち刑12回
08/13、ヴェルデ岬諸島、サンチャゴ島ポルトプラヤ湾(Porto Praya Bay, Santiago)に投錨
08/15、サンチャゴ島を出帆、アセンション島を見ないで航海
08/20、船大工助手スモック(Henry Smock)が船側にぶら下って仕事中に行方不明となる
08/27、アドヴェンチャー号の18才ランバート(John Lambrecht, able seaman)が熱病で亡くなる
09/08、順風に乗って南下航海中、熱帯鳥を見かける
09/27、遥か彼方にポルトガル船を望見、
     アセンション島からと思われる熱帯鳥を見かける
10/01、両船は喜望峰へと航海
10/29、アフリカ南部西岸を望見
10/30朝、ケープタウンのテーブル湾(Table Bay)に投錨
     アンダース・スパルマン(Anders Erikson Sparrman 1748-1820)が植物学の
     フォスター助手として乗船、個室が無いので大キャビンの本の間に就寝してもらう
11/23、ケープタウンを南へ出帆、喜望峰を望見
     南極海(Antarctic Seas)へと航海。

参考HP〜
 ・シャーネスの場所地図(右上の湾口南シェペイ島(Sheppey)の北西にシャーネス有)
 ・大ロンドン市の場所地図(デプフォードは大ロンドン市中程のテーヌズ河に有)







★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第8章 南極一周航海
南極圏に突入
1773/1/1〜1/30
南極圏を一周探検航海


大航海物語
  クック編★
Australian Antarctic Territory
南極圏一周航海地図 南極圏一周航海

オーストラリア南極地域 1972 発行

MAGYAR POSTA
南極の地図
レゾリ
ュ|シ
ョン号


ップテン
・ク
ック
ハンガリー 1987/6/30 発行
COOK ISLANDS
南極の氷海を航行する
レゾリューション号 と ディスカヴァリー号


クック諸島 1968/9/12 発行

British Antarctic Territory
クック船長は南極大陸の周りを一周探検航海
外側:60度線
内側:66度33分線=南極圏
真ん中:80度線


1961 南極条約20周年記念 1981
イギリス南極地域 1981 発行
Norfolk Island
First Crossing of the Antarctic Circl
1773/1/17、世界最初の南極圏一周航海
レゾリュ−ション号と南極の氷山


1773 南極圏一周200年 1973
ノーフォーク島 1973/1/17 発行

▼1772年:〜:
11/24、南へ航海、南緯60度以南の南極海(Antarctic Seas)へと航海
12/11、マストも帆も全てが氷に覆われる
     巨大な氷山(ice islands)の間の航海が続く
参考HP:〜
 ・南極大陸の地図と南極周辺の島々の地図(日本語)

▼1773年:〜:
01/01、月初から南極海を、未知の南方大陸を求めて東へと航海
01/17、南緯66度33分以南の南極圏に初めて突入
01/18、67度15分で行く手を氷山に阻まれ、荒天となる
01/30、さらに航海
02/03、2度目の南極圏突入で、
     南緯71度10分(最南)、西経106度54分に到達
02/08、両船がお互いを見失う(=3月一杯)
02/13、ジェンツー・ペンギンの群れを氷山で見かける
02/15、ビスコウ(Wm Brisco、tailor)とタイラー(Francis Taylor、marines)に
     鞭打ちの刑12回、アトキンソン(Wm Atkinson、seaman)とバタル
     (John Buttal、marines)、ブラザーサン(Phil. Brotherson、drummer)
     鞭打ちの刑に6回
ジェンツー・ペンギン

フォークランド 1952 発行
02/16、天文学班が惜しくもオーロラを見逃す
02/24、3度目の南極圏突入で、61度 52分に到達
02/26、アドヴェンチュー号は流星(Meteor)かと思う光を北北西の空に発見、
     次第に巨大なオーロラ(Aurora)となって南西に流れる
02/27、一匹の豚が7匹の子豚を出産するも寒さで全て死亡
02/28、嵐が終日吹きすさぶ中、氷山の間を航海
03/10、大時化となり、飲料水が欠乏しだす
03/11、掌帆長助手ラーダン(Solomon Rarden Boatswains Mates)が
     フォアーカッスルでフェントン(Thomas Fenton)が吹き飛ばされて
     落ちるのを幸運にも受け止めて負傷
03/15、雌羊(Ewes)2匹と雄羊(Ram)1匹が生まれたので暖かい寝床を準備
オーロラ

オーストラリア南極1966発行
     それに比べて船長室は寒いし、湿気っていてヒドイ
03/17、ニュージーランド方面へと転舵
03/25、ニュージーランドの山々を望見、17週と3日後に帰ってきたと記録
03/26、ニュージーランドのダスキー湾(Dusky Bay)に到着、クック船長は、この2回目の探検で、この入江を探検するのに2か月を費やし、そこを港として用いて作業場と観測所を設けました。ニュージーランドで最初に醸造されたビールは、この時にクックの隊員によって醸造されたといわれており、クックは、また、この入江で多数の現地人マオリと友好的な関係を結びました。
04/01、レゾリューション号はダスキー湾に投錨、燃料用に木を切る
     アドヴェンチュー号は会合するべく
     クイーンシャーロット海峡(Queen Charlotte Sound)へ航海
04/02、ダスキー湾でアザラシ狩りをする
04/06、鵞鳥狩りをした所をダック・コーヴ(Duck Cove)と命名
04/08、アドヴェンチュー号はニュージランドの東の
     チャタム諸島モツアラ島(Motuara)に上陸
04/16、よく晴れて、士官達はカモ打ちパーティに興じる
04/18、水汲み川の上流をフォスター湖(Lake Forster)と命名
ニュージランド上陸

ギルバート諸島 1977/9/12 発行
04/30、ダスキー湾のレゾリューション島(Resolution Island)へと移動
05/01、ダスキー湾を出帆、クイーンシャーロット海峡(Queen Charlotte Sound)に向かう
05/07、アドヴェンチャー号はクイーンシャーロット海峡に到着
05/17、レゾリューション号がクイーンシャーロット海峡のシップ・コーヴ(Ship Cove)に到着
05/19、両船はクイーンシャーロット海峡シップ・コーヴで合流、
     ニュージランドを再度探検航海
06/26、ニュージーランドを出帆
07/01、両船は未知の南方大陸を求めて南太平洋を航海
07/19、クーパー航海長(Robert Cooper, first lieutenant)がケプリン水夫(John Keplin)を
     噛み煙草を食物ドレッシング上に吐き捨てた罪で鞭打ちの刑12回
07/23、アドヴェンチャー号料理長マホーニー(Murduck Mahony Ship's Cook)が壊血病で亡くなる
07/27、出帆から1年経過し、アドヴェンチャー号ではフラックス(熱病)と壊血病が蔓延しだす
07/29、フルノー船長が関節リューマチを訴え、病人が22人となる
08/02、1767年にカートレット艦長発見のピトケーン島に接近するも島影は無く、熱帯鳥見かける
08/11、ツアモツ諸島に接近
08/15、マエティア島(Mehetia)を望見
08/16、朝タヒチ島を視認・上陸、アドヴェンチュー号の壊血病患者が30人となり、
     レゾリューション号から13人を支援に派遣
08/21、タヒチ島マタヴァイ湾(Matavai)を出帆
09/02、フアヘイナ島(Huaheine)上陸
09/07、ライアテア島(Raiatea)上陸、豚400匹購入
09/21、ソサイエティ諸島を出帆
その後、トンガやタヒチへ航海。

参考HP〜
 ・パリサー岬の場所地図(ニュージランド)
 ・キャンプベル岬の場所地図(ニュージランド)
 ・ダスキー湾の場所地図(ニュージランド)
 ・クイーンシャーロット海峡の場所地図(ニュージランド)







★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第9章 太平洋探検航海
太平洋の探検航海
1773/10/1、トンガ島に上陸
1774/3/13、イースター島に上陸


大航海物語
  クック編★

EMPIER CENTRAFRICAIN
カヌーとレゾリューション号

赤道アフリカ 1978/7/11 発行
TONGA
レゾリューション号

ギルバート諸島 1977 発行
COOK ISLANDS
キャップテン・クック

クック諸島 1968/9/12 発行

第2回(1772〜1775)は、
その後、タヒチへ、トンガ(1773, 1774, 1777)などの太平洋の島々を発見、又は再発見し地図上に正確に記録しました。

▼1773年:〜:
10/01、1643年にタスマンが望見してアムステルダム島と呼んだトンガ諸島へと航海
10/02、トンガ諸島のエウア(Eua)上陸、非武装の住民から友好的な出迎えを受けて
     フレンドリー諸島(Friendly Islands)と名付ける
10/03、トンガタプ島(Tongatapu)に上陸、ハアパイ諸島を探査
10/08、トンガタプ島を出帆
10/22、ニュージランドを視認、多数のカヌーが寄ってくる
10/23、アドヴェンチャー号を見失う
10/24、クック海峡へ
10/30、ウェリントン入江(Wellington)を発見するも逆潮で入れず
11/02、近くのシップコーヴ(Ship Cove、Charlotte Sound)と呼んだ所に投錨
11/16、アドヴェンチャー号を探してピンネスで東の湾を調べ、小高い丘へ上がって見る
11/25、レゾリューション号はウェリントン(Queen Charlotte Sound New Zealand)を出帆
12/09、アドヴェンチャー号は北島東岸トラガ湾(Tolaga Bay)に投錨
12/16、アドヴェンチャー号は出帆
12/21、レゾリューション号は南極圏(Polar Circle)に突入

▼1774年:〜:
01/01、レゾリューション号は南極圏を航海
02/19、酩酊・職務放棄の罪でエンネル(John Innel、18才)を鞭打ちの刑12回
   エレヴェリック(John Leverick、21才)とリー(Richard Lee、20才)は6回
02/23、クック船長が胃痙攣で倒れ、
     クーパー副長(Cooper、first Officer)に操船を任せる
02/29、クック船長はだいぶ回復し、
     イースター島(Easter-Island)へ向かうよう指示
03/13、1522/4/5にオランダのロッヘヘーンがイースターの日に発見した
     ラプ・ヌイ島に到達、この記録されている発見年は誤りで
     「1722年」のイースターの日(4/5)でした
03/14、イースター島(Hanga-roa bay, Punta Roa)に投錨、
クック船長

ノーフォーク1974/10/8発行
03/17、イースター島を出帆
03/19、海兵隊長エッギューム中尉(John Edgcumbe)の告発で
     ウェッジバロー隊員(William Wedgeborough Private)を
     「酩酊の罪」で鞭打ちの刑12回
03/30、ポリネシアのマルケサス諸島(Marquesas)へ向かって西へ転舵
04/01、マルケサス島へと航海
04/07、1595年にメンダーニャが発見したマルケサス島を望見、
     最初の島をフッド島(Hoods Island=Fatu Huku)、
     次をサンペドロ島(St Pedro=Motane)、
     ドミニカ島(La dominica=Hiva Oa)、
     セントクリスチャン島(St Christina=Tahuata)と命名
モアイ像

チリ 1965-69 発行
04/17、タカロア島(Takaroa)、
     オタヘイテ島(Otaheite)、
     タカポト島(Takapoto)を望見
04/19、パリサー諸島(Palliser's Isles)と呼んだ4島を望見、
     アパタキ島(Apataki)を望見
04/20、トアウ島(Toau)、
     カウクラ島(Kaukura)、
     アルツア島(Arutua)を望見
04/21、タヒチ島マタヴァイ湾に投錨
04/26、タヒチ島を出帆、ニュージーランドへと向かっていると
     159艘の双胴カヌーと小型カヌー70漕がデモ航海で
     湾内に集まってきた
05/15、フアヘイナ島(Huaheine)に到着
05/25、ライアテア島(Raiatea)に到着
現地人のカヌー

ニウエ島 1978/1/18 発行
05/28、植物学者クーパー助手ウィリアムス(Chas Williams)を道具紛失の罪で鞭打ちの刑12回
06/04、ライアテア島出帆。

参考HP〜
 ・南太平洋の島々の地図
 ・マルケサス諸島の地図
 ・トンガ諸島の地図
 ・ニューカレドニア島付近の地図(エロマンガ島有)







★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第10章 クック諸島
太平洋の探検航海
1774/6/16、
クック諸島、発見


大航海物語
  クック編★
COOK ISLANDS
クック船長 と レゾリューション号

クック諸島 1978/1/20 発行
クック諸島ハーヴェイ島

ック船長

クック諸島 1965/9/16 発行

▼1774年:〜:
06/16、クック諸島に到達、上陸
     パルマーストーン島(Palmerston Island)を発見し命名
06/21、ニウエ島(Niue)に投錨、サヴェイジ島(Savage Island)と命名
06/25、ハーアペイ島(Haapai)、
     コツ島(Kotu)
     そしてオツトル諸島(Otu Tolu)などを望見
06/26、さらに島々を望見、カヌーが寄ってきて
     1643年タスマン発見の
     ノムカ島(Nomuka)の存在をを知らせてくれる
06/27、1643/1/24にタスマンが発見ロッテルダム島と命名の
     トンガのノムカ島に到達上陸
06/30、トンガのトフア島(Tofua)に上陸
07/01、トンガのカオ島(Kao)に到着
07/02、フィジー諸島ヴァトア島(Vatoa)を望見。
フィジー諸島

フィジー 1938-55 発行

参考HP〜
 ・クック諸島の広域地図
 ・クック諸島の地図







★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第10-2章 ニュヘブリデス諸島
太平洋の探検航海
1774/7/17
ニューヘブリデス諸島、上陸


大航海物語
  クック編★
クック船長の一行がタンナ島に上陸、ウィリアム・ウェールスウィリアム・ホッジス

ニューヘブリデス諸島(ヴァヌアツ)の航海地図 クック船長の呼名 現在


エスピリサント島→

マレクラ島→
←オーロラ島
←レパース島
←ウィットサンチド島
←アンブリャン島
←パアアマ島
←アピー島
←サンドィッチ島

←エロマンゴ島
←タンナ島
←アンナトム島
←マエオ島
←アオバ島
←ペンテコスト島
←アンブリャン島
←シェパード諸島
←エピ島
←エファテ島

←エロマンガ島
←タンナ島
←アネイチュム島
1774 クック船長航海200年記念 1974
ニューヘブリデス諸島 1974/8/1 発行

07/13、フォスター(Johann Forster)が「プリマス出帆後、苦しい航海が2年となる」と記録
07/17、キロスのエスピリトゥサント島を望見、
     ニューヘブリデス諸島(ヴァヌアツ)に到達
07/22、ヴァヌアツのマラクラ島(Malekula)に上陸
07/29、ヴァヌアツのエロマンガ島(Eromanga)を出帆
08/05、ヴァヌアツのタンナ島(Tanna)の噴煙をあげる
     ヤスー火山(Mount Yasur)を視認、上陸
08/17、クーパー大尉(Robert Palliser Cooper)が
     海兵隊員ウム・トゥ(Wm Tow Marine)を
     現地人との密輸の罪で鞭打ちの刑12回
ニューヘブリデス諸島(ヴァヌアツ)

ヴァヌアツ 1999/2/17 発行
08/27、タンナ島(Tanna)を出帆、その南端を回航、北西のエロマンガ、エファテ島、
     マラクラ島を回ってブーゲンヴィル海峡(Bougainville Strait)抜けてからフツナ島
     (Futuna)では無くてヴァヌアツのウェスト・フツナ島(West Futuna)へと東へ航海
09/01、マロ島(Malo)とエスピリトゥサント島の東海岸沿いに、多くの小さい島々の周りを
     航海してヴァヌアツの探査を終えて、南へと向かって航海
09/05、プデュ島(Pudiu)のコルネット候補生が見つけた所を
     コルネット岬(Cape Colnett)と命名
09/08、その島に投錨、魚を採って食べていると嘔吐する、現地人が乗船して
     魚を見るや毒の有るアンコウ(Toadfish)だと身振りで教えてくれた
09/20、ニューカレドニア島(New Caledonia)のグランドテール島(Grande Terre)に上陸、
     スコットランドのラテン語読みニューカレドニア島(New Caledonia、
     新スコットランド)と名付ける
09/24、松の木や灌木が生い茂っている島を見つけてボタニー島(Botany Isle)と命名
09/30、ニューカレドニア島付近の探査を終えて出帆、南方へと航海。

参考HP〜
 ・ニューヘブリディーズ諸島の地図(ヴァヌアツ、日本語)






★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第11章 ノーフォーク島
太平洋の探検航海
1774/10/11
ノーフォーク島、発見・上陸


大航海物語
  クック編★
Norfolk Island
キャップテン・クック

ノーフォーク島 1978/10/27 発行
レゾリューション号

ノーフォーク 1974/10/8 発行
太平洋上のノーフォーク島

ノーフォーク 1979/9/25 発行

▼1774年:〜:
10/10、ノーフォーク島(Norfolk Island)を発見、上陸して命名、
     ノーフォーク松を見つけたので、切り倒してマスト用に船積み
10/11、マオラン(New Zealand flax)を見る、夕刻に出帆
10/17、ニュージランドのエグモント山望見、シップ・コーヴ(Ship Cove)上陸
     ノーフォーク松を使って前部マストの交換、水漏れ防止の
     コーキングを船体に施すなど修理に専念
11/01、水夫ジョン・マラ(John Marra)を酩酊の罪で鞭打ちの刑12回
11/05、ピンネス船でクイーンシャーロット海峡付近を調査
11/06、水夫ケプリン(John Keplin)をボート無断離脱・職務放棄の罪で
     鞭打ちの刑12回
11/09、インディアン・コーヴへ上陸して修理用材木を探す
11/10、パリサー提督(Sir Hugh Palliser 1722-1796)に因んで命名
     の北島パリサー岬(Cape Palliser)を出帆、
      南島クイーンシャーロット海峡キャンプベル岬(Cape Campbel)へ
11/19、嵐で船が大揺れで船体が40度も傾く
11/27、順風に乗って南から東へ転舵、マゼラン海峡へ向かう。
ノーフォーク松

ノーフォーク 1974/10/8 発行

参考HP〜
 ・ノーフォーク島の地図







★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第12章 フェゴ島
太平洋を横断
1774/12/21
フェゴ島西岸に到達、上陸


大航海物語
  クック編★
Norfolk Island
キャップテン・クック

ノーフォーク島 1978/10/27 発行
CORREOS de CHILE
現在の地図
マゼラン海峡の地図
マゼラン海峡地帯拡大地図



マゼラン海峡

フェゴ島

ルマール海峡
ホーン岬
←ドレーク海峡
チリ 1944/3/2 発行
FALKLAND ISLAND
フェゴ島民(Fuejiran)の一族

フォークランド諸島 1994/12/1 発行

▼1774年:〜:
12/17、太平洋を横断して、ついにフェゴ島(Terra del Fuego)西岸を望見
12/21、フェゴ島に上陸、クーパー大尉が海兵隊員ウェッジバロー(Willm Wedgeborough Marine)の
     行方不明を発見、昨夜中に酩酊で船外へ落下と断定
12/23、ボートとピンネス船を出して付近を調査、狩猟隊がガチョウを獲得
12/25、カヌー9隻のヒゲの無い現地人と遭遇、船に招いてナイフなどを贈り、ロースト鵞鳥、パイや
     ワインなどを御馳走してクリスマスを祝う
12/26、乗組員に鵞鳥スープとロースト鵞鳥、パイやワインなどを振舞い陽気に騒ぐも酩酊で
     喧嘩が始まり、酩酊者全員を岸に追放、翌日スープに当たって寝込むものが続出
12/27、陽気に騒いだ所をクリスマス・サウンドと命名して岸のテントと木材を収容して出帆、
     ホーン岬を回航して大西洋へと航海
▼1775年:〜:
01/01、フェゴ島沖のスタテン島(Staten Island)に上陸、
     食料用に大量のアシカやアザラシを狩猟して
     船積みする
01/02、本日は茹でペンギンとアザラシのデイナーとなる
01/03、スタテン島を出帆、
     東南へと航海して南極海へ向かう。
アザラシ

イギリス南極地方 1982/11 発行
参考HP〜
 ・マゼラン海峡付近の詳細地図







★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第13章 ジョージア島
南極海の探検
1775/1/17

サウス・ジョージア島、上陸

大航海物語
  クック編★
EMPIRE CENTRAFRICAIN SOUTH GEORCIA
キャップテン・クック

赤道アフリカ 1978/7/11 発行

サウスジ
ョ|ジア島
クック船長の航海地図、1775
サウスサンドウ

ッチ諸島
英領サウスジョージア 1979/2/14 発行

REPUBULICA ARGENTINA
       フォークランド諸島              サウスジョージア島
アルゼンチン サウス・ジョージア島



←サウスサンドウィッチ諸島


←サウスオークニー諸島
アルゼンチン 1982/6/12 発行

▼1775年:〜
01/05、船大工の棟梁がメインマストをノーフォーク松で修理
01/14、南極海の氷の島を発見、迂回して航海
01/16、氷に覆われた島々を発見、大きな本島に接近
01/17、入江を探して接岸を試し、
     上陸するも一木一草見当たらず、
レゾリューション号はサウス・ジョージア島を一周航海して大きな島に上陸し、ポゼッション湾(Possession Bay)で、同行のドイツの博物学者ヨハン・ゲオルク・アダム・フォルスター(Johann Georg Adam Forster, 1754-1794)と3ヵ所に分かれて上陸、調査、地図に記録し、国王ジョージ3世にちなんで「ジョージア島」(Isle of Georgia)と命名し、国旗を掲揚しマスケット銃隊(Rifled musket)が3発の礼砲を放ってイギリス領と宣言。
サウスジョージア島
01/18、新発見した島をクーパー大尉に因んでクーパー島(Coopers isle)と命名
01/20、次いで発見した島をピッカースギル少尉に因んで
     ピッカースギル島(Pickersgill Island)と命名
01/23、霧が晴れて数個の岩礁島を発見、最初に見たクラーク中尉の名に因んで
     クラーク岩礁(Clerke's Rocks)と命名
01/27、南緯60度を突破、いよいよ南極海に突入航海、
     霧が深くなり巨大な氷山(ice bergs)が現れる
01/31、巨大な岩山島を最初に見つけたフリーズランド水夫(Samuel Freezland)に因んで
     フリーズランド山(Freezland Peak)と命名
02/02、次々に氷の山を見つける
02/06、南端の島のテューレ島(Thule、Southern Thule)に到達、
レゾリューション号はサウス・サンドウィッチ諸島(8島)を発見して、クック船長の太平洋探検航海の有力な支持者で海軍大臣サンドウィッチ伯爵(第4代サンドウィッチ伯ジョン・モンタギュー、John Montagu, 4th Earl of Sandwich、1718-1792)にちなんでサンドウィッチ島(Sandwich Land)と命名して、イギリス領と宣言しました。
8島は
・キャンドルマス島(Candlemas)
・ビンディケーション島(Vindication)
・ソーンダース島(Saunders)
・モンタギュー島(Montagu)
・ブリストル島(Bristol,)
・ベリングシャウゼン島(Bellingshausen)
・クック島(Cook)
・テューレ島(Thule、Southern Thule)南端の島。

02/15、巨大な氷山に阻まれ、北東へ転舵
02/21、これ以上の高緯度に行くことに見切りをつけ、東方へ転舵する
02/24、北東方へと航海を続け、喜望峰に向かう、
     北東(North by East)へ進路を取れ!

参考HP〜
 ・南半球の地図
 ・南極周辺の島の地図(日本語)
 ・サウスジョージア島付近の地図






★クック物語 第7章
第8章
第9章
第10章
第10-2章
第11章
第12章
第13章
第14章
第2回 第14章 喜望峰、帰国
喜望峰から帰途につく
1777/5/15
セント・ヘレナ島、寄港


大航海物語
  クック編★
ST.HELENA

ック船長
レゾリ
ュ|シ
ョン号
クック船長とジェームス・タウン
セントヘレナ 1975/7/14 発行

▼1775年:〜:
03/13、喜望峰に到着、英国船やフランス船、オランダ船など多くを見かけ、交流する
03/15、アドヴェンチャー号が2ヵ月前に来ていたことを聞く
03/21、ケープタウンのテーブル湾に投錨、船の修理を実施
04/26、船の修理と補給物資の積み込みが終わり、デンマークの東洋貿易船
     ダットン号のライス船長(Capt Rice)と合流して出帆を約す
04/29、ライス船長のダットン号と共にケープタウンのテーブル湾を出帆
05/15、セントヘレナ島(Saint Helena)到着、上陸、総督を表敬訪問
05/21、セントヘレナ島をダットン号と出帆
05/28、アセンション島到着、クロス湾(Cross Bay)に投錨、上陸
05/30、海亀の繁殖地でアオウミガメ24匹を捕獲、食用に肉を獲る
05/31、アセンション島を出帆、ブラジル沖の
    フェルナンド・デ・ノロンハ島(Fernando de Norono)へ向かう
06/09、フェルナンド・デ・ノロンハ島に到着、礼砲を放って通過
06/11、赤道を横断
06/25、スリナムへ向かうオランダ船を望見
06/27、ヤーブア・カペンシス(Yerbua Capensis)が亡くなる
06/30、英国船を望見して信号を送るも返事が解読できず
ウミガメ

ギルバート諸島1979/1/15発行
07/01、アゾレス諸島へと航海
07/13、アゾレス諸島のピコ島(Pico)に到着
07/14、ピコ島ファイヤル湾(Bay of Fayal)に投錨
07/19、出帆、テルセイラ島とグランシオーサ島の間のセント・ジョージ海峡を通過
07/22、順風に乗ってイングランド・コンウォールのリザード岬へ直行の帰途に就く
07/28、行き交う多くの船舶を望見、「母港は近い!」
07/29、プリマス沖のイングランド最初の灯台”エディストーン”(Eddystone Lighthouse)と
     ハッピー海岸(happy Shores)スタート・ポイント(Start Point)を通過
07/30、スピットヘッド(ポーツマス)に投錨、
     クック船長は同日に上陸、ロンドン(海軍省)に向かいました。

レゾリューション号は3年と18日の航海(Three Years and Eighteen Days)が終わり、
航海中に死亡したのは4人で、うち病気で亡くなったのは一人だけで、1775/7/30に
イギリス・スピットヘッドに帰国しました。なお、アドヴェンチャー号はホーン岬を経由、
世界最初の東回り世界一周航海後、1774/10/14にイギリスに帰国していました。

参考HP:〜
 ・セントヘレナ島の地図
 ・アセンション島の地図
 ・フェルナンド・デ・ノロンハ島、アセンション島、セントヘレナ島の大西洋上の場所
 ・プリマスの場所地図
 ・イギリスの場所地図(赤はイングランド国)
 ・1897年の大英帝国の領土地図

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。#0102   10/3/13追記、令和 R.3/1/25 (2021)
クック物語第1回、第2回、第3回補筆
帆船(1)(2)(3)(4)(5)

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